「無題」 (四)―⑤

2012-06-14 16:00:21 | 小説「無題」 (一) ― (五)



         「無題」


          (四)―⑤


 美咲は降りて来るなり私の横に来て、私はイスごと躰を彼女の方に

向けた。彼女はすぐに「お父さん、ごめんなさい」と言って頭を垂れ

ると、同時に両眼に溜まっていた涙が滴になって彼女の足下の床を濡

らした。私は、その落下の軌跡を辿っているうちに、もちろん一瞬の

ことだが、もう彼女を叱る気を失った。乱れた髪の間から俯いた彼女

の顔を覗くと頬が赤く腫れ指の跡だと判るほどそこだけ鬱血して白く

斑になっていた。彼女が嗚咽を繰り返していると、妻が「もうやりま

せんでしょ」と忘れたセリフを教えた。彼女はその言葉を繰り返すと

止めどなく新しい滴で床を濡らした。私は「よしっ、わかった」と言

って初めて彼女の頭を撫でた。すると彼女はもう一度「ごめんなさい」

と言ってその頭を私の胸にうずめた。「もういい、わかったから」、

そう言って私は自分の隣りのイスを引いて席に着くように促した。席

の決まりはなかったが、それは自分がほとんどテーブルを一緒に囲む

ことがなかったからだが、下の子が産まれてからは専ら妻が傍らに着

くので四つの席の占め方は自然とそうなった。「さあ、メシにしよう

!」と私が言うと鬱陶しい儀式は終わって、妻が娘に泣き腫らした顔

を洗ってくるように言い、彼女は洗面所に駆け込んだ。私は妻にごは

んの間はもうそれ以上彼女を咎めないように言って、やっと目の前の

特上すしにも食指が動いた。久々のトロを頬張りながら、例えば、子

どもたちに好きな親を選ばせて、我々は見ず知らずの異性と子ども

の前で仲睦まじい夫婦を演じることが出来るだろうか?恐らく、美咲

がそんな辛い思いをしなくてはならないのは彼女だけの所為じゃない

と思いながら、むしろ、謝らなければならないのは、子どもたちの気

持ちも考えもせずに「パパ」が突然居なくなったり、また、知らない「

おじさん」がある日から「お父さん」になったりと、私たちの感情絡み

の思惑で子どもたちが育っていく根拠を奪ってしまう身勝手な大人た

ちの方ではないかと思うと、彼女が気の毒に思えて仕方なかった。

すると、口に入れたトロのワサビが効き過ぎていたのか、急に涙が

溢れてきてきた。

                                  (つづく)
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「あほリズム」 (221)

2012-06-14 04:22:19 | アフォリズム(箴言)ではありません




               「あほリズム」



                 (221)


 そもそも、自公が社会保障の改革にどの面下げてイッパシの口を

挟むことができるんだ。百年安心と大見得を切ったのはつい八年前

の自公政権ではないか。百年前じゃないぞ八年前だぞ!


                 

                  (222)



 自公は民主政権の失政を嘲笑うが、

 そういうのを「目糞鼻糞を笑う」という。



                  (223)



 政治家がなぜ斯くも堕落したのか?

 しかし、彼らは民衆の代表でしかない。

 それでは、堕落したのは彼らを代表に選んだ民衆ではないか。



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「無題」 (四)―⑥

2012-06-14 04:00:01 | 小説「無題」 (一) ― (五)



                 「無題


                  (四)―⑥


 美咲が席に着いて夕餉が始まった。彼女は私と妻の世間話を最初は

神妙な態度で聞いていたが、何といっても下の子の、彼女の名前は「

己然」と書いて(キサ)と読む、私が「美咲」の音をもらって漢字を当

てた会心の命名だが、みんなからはお坊さんみたいと評判は悪い、そ

の己然の無邪気な振舞いに誰もが顔を崩さずにはいられなかった。と

りわけ美咲は妹の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれた。やがて、美咲も斑

だった頬も元通りに戻って屈託のない笑顔を見せてくれた。私は久しぶ

りに一家団欒を味わった。こうゆう時間を毎日持つことが出来ないで果

たして家庭と呼べるのだろうか。私は調子に乗って、というよりも殊更み

んなが気にしていることを避けているのもおかしいと思って、敢て自らの

子ども時分の万引き体験の話をした。

 近所に天理教の大きな教会があって、夏になると信者の子供たちが

集まった。親しくなって遊びに行くうちに「おつとめ」までするよう

になり、今でもその時の手振りを覚えている。一時期流行ったパラパ

ラ踊りは天理教の「てをどり」が原点に違いない。ある日、その子ら

に「おもしろいこと」に誘われて、柵を潜って私鉄の駅に入り、電車

をただ乗りしてターミナル駅へ行き、再び柵を潜るとそこには鉄道会

社が経営するデパートがあった。その地下売場には客がセルフサービ

スで商品を取るお菓子売場があった。彼らは各々が気に入った菓子を

気付かれないようにポケットに突っ込んでバレることなく巧みにその

場を立ち去った。それまで親からそんな行為を厳に諌められていた私

は、とりわけ教会の子供は悪い子等ばっかりだと教えられていたので、

呆気にとられて何一つ取ることが出来なかった。外へ出てそれぞれが

戦果をポケットから取り出した。五六人居たと思うがただ私だけが何

も「仕事」をしていなかった。それでも彼らは話し合ってそれを人数

分に分けて私にも与えて呉れた。夏が終わると何時の間にか彼らは姿

を消したが、私は、その菓子の味と彼らが教えてくれた友情が何時ま

でも忘れられなかった。後年、暇を持て余していた小学校の同級生を

誘って悪巧みをして地元のスーパーに向かった。私がリーダーで他に

三人ほど居た。実は、私は万引きを実行するのはその時が始めてだっ

た。あの時の経験からそれぞれがバラバラになって行うことと決めた。

私は勇気を振り絞って誰にも見付からずにチョコレートをポケットに

入れた。そして、店を出た時に他の三人が捕まっているのが見えた。

一人が私を見つけて救けを求めていた。側で客のおばさんが「許して

あげて」と係員に訴えていた。私は一瞬逃げようと思ったが、それで

は彼らを見棄てることになる。呆然と立ち竦んでいる私に係員が駆け

寄って来て「お前もか?」と言って事務所に連れて行かれた。私は逃

げることが出来たのに逃げなかったのは友情からだった。ところが、

彼らは問い詰められると、私に唆(そそのか)されたとあっさりと裏切

った。更に此奴は前からやっていたとまで暴露した。私は悲しくなっ

て泣きながら「違う!やってない!」と叫んだ。結局、万引きを実行

していたのは私だけで、店はチョコレート代を払うだけで見逃してく

れた。

「それから、もう万引きは懲りた。本当は、万引きなんかどうでもよ

くて、ただ友だちとの絆を求めていただけだった」

すると、美咲は神妙になった。私は、

「どうせするならうちの店じゃなくて何で〇〇屋でやらんのや」

〇〇屋とはもちろんうちのライバル店のことだ。彼女が私の会社の店

で万引きするのには、もしもの時は容赦が得られると踏んでのことか、

それとも、私自身への反感なのかは解らなかった。妻は大きな声で、

「お父さん!そんなこと教えたらダメでしょ!」

と私を諌めた。すると、大人しくしていた己然が、近頃覚えたばかり

で意味も解らずにすぐに口にする「なんで」という言葉を母に吐いた。

そのタイミングの良さに誰もが一瞬話を理解して言っているのではな

いかと驚いたが、すぐに関心は食べ物に移ったので、みんなで笑い

転げた。

                                   
                                   (つづく)

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