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「小督局」(こごうのつぼね)

2006年06月29日 12時29分15秒 | 古都逍遥「京都篇」
 嵐山の渡月橋に立ち、ふと耳を澄ませると大堰川のそよ風にのせて「峰の嵐か松風か、たづぬる人の琴の音か・・・」と奏でる琴の音が聞こえてくるような幻想に陥る。そう、この調べは謡曲「想夫恋」で知られる「小督局」と「高倉天皇」の悲恋の物語に登場する。

 『平家物語』巻六によれば、小督局は桜待中納言藤原成範(しげのり)の娘で宮廷一の美貌、琴の名手とも云われた。
 局は高倉天皇の寵を得たが、中宮建礼門院の実父平清盛ににらまれ、嵯峨に身を隠すことになった。天皇は北面の武士、弾正少弼源仲国(だんじょうしょうひつ みなもとなかくに)に密命をくだし、小督局の行方を求め、さ迷い歩いた。
 そして8月15日、仲秋の明月の夜であった。
 「琴の名手小督は必ずや琴を奏するに違いない」、そう思った仲国は嵯峨野へと向った。一方、嵯峨野にひっそりと暮らす小督は、帝の愛に思いを馳せつつ琴を爪弾いていた。月光に映える嵯峨野を琴の音を頼りにやって来た仲国の耳に、「想夫恋」の調が届く。訪ねあてた仲国に、小督は会うことを拒むが、帝の文を渡すと、涙に暮れた…。

 帰途につく仲国に、小督は名残惜しんで酒肴を勧める。仲国は小督を慰め舞を舞うと、返書を懐に帝の元へと急ぐのだった。
 「もしやと思い、ここ、かしこに、駒を駆けよせ、駆けよせて…」と地謡の謡う「駒之段」。これは月光冴え渡る初秋の嵯峨野の原を、駿馬に打ち跨った仲国が、琴の音を頼りに小督を探すという叙情豊かな舞で、能の名場面である。

 宮中に戻った小督は再び高倉天皇の寵愛を受けたが、中宮徳子より先に天皇の子供を宿したことがさらに清盛の怒りを招く結果となり、清盛は小督の髪を剃り出家させてしまう。
 傷心の高倉天皇はさらに安徳天皇に皇位を奪われ若干二十一歳で世を去った。
 天皇が葬られたのは清閑寺に近い場所で、小督はその近くに庵を結んで生涯にわたり天皇の菩提を弔い四十四歳で死去したといわれている。

 高倉天皇と小督の悲恋物語は、室町時代の謡曲「小督」に採り上げられ、後世まで広く世の関心と同情を集め、哀れに思った人々が、この地に小督塚を作ったと伝えられている。琴きき橋跡、この石標は小督の弾く「想夫恋」(「峰の嵐か松風か、たづぬる人の琴の音か」)を仲国が聞いたと伝える橋跡を示すものである。
 渡月橋のたもとの木立に囲まれた碑文には、「一筋に雲ゐを恋ふる琴の音に ひかれて来にけん望月の駒」と記されてある。

 元禄4年(1691)落柿舎に杖をとどめた俳聖松尾芭蕉は、嵯峨の名所旧跡を探訪し、小督塚にも詣でた。その頃、嵯峨には小督の遺跡というのが3ヶ所もあって、ここはそのうちの一つだと「嵯峨日記」に記している。
 しかもその墓といういうのは墓石はなく、ただ桜の木が一本植えてあるだけであったのを見て、
 「うきふしや竹の子となる人の果」と局の末路を哀れんでいる。
 渡月橋北詰より大堰川の左岸(北側)に沿い、亀山公園へ行く中程にあり、椋の老樹の根もとに小五輪石塔を置いて小督局の塔と称している。
 小督塚の近くに「小督庵」と彫られた立派な石があり、数奇屋風の家が建っている。ここが小督が隠れ住んだ庵かと思い違いするほどだが、奥にのれんをかいま見ることができ、琴の音も聞こえて来る、ここは京料理の店「小督庵」。
 高倉膳、小督膳などメニューがあり、ミニ会席で7000円ほどからあるが、抹茶(菓子付き1000円)を飲みながら庭園を楽しむこともできる。

 では、この界隈の見所も紹介しておこう。
【嵐山城跡】
 大悲閣の背後、嵐山の山頂にあたり、足利管領細川政元の家臣、香西又六元長が永正年間(1504~21に築いた城だが、城柵程度のものであったと伝えられている。山頂を取り囲んで、6つの曲輪址と土畳若干が残っている。

【戸無瀬滝】
 櫟谷神社より100メートル余り、岩にせかれて三段になって流れ落ちている滝で、天竜寺の正西背後にあたる。
 仙洞亀山殿造営のとき「戸無瀬の滝もさながら御墻の内にみえて」と『増鏡』に記されており、後嵯峨上皇の目を楽しませたようだ。

【千鳥ケ淵】
 これよりよりさらに400メートルほど先に、断崖にのぞんで深い淵となったところがある。往生院に滝口入道を訪ねた横笛が、相見ることがかなわなかったのを嘆き、この淵に身を投げたところと伝わる。

 所在地:京都府京都市右京区。
 交通:JR嵯峨野線「嵯峨嵐山駅」または阪急嵐山線「嵐山駅」下車、徒歩15分。
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