今日(3月11日)は「パンダ発見の日」
1869(明治2)年、中国・四川省ムーピン(現在の宝興県)の民家で、伝道中のフランス人神父アーノルド・ダヴィトが、白と黒の奇妙な熊の毛皮を見せられた。これが、西洋でパンダが知られるきっかけとなった。
ダヴィトはパンダのレプリカ標本をパリの自然歴史博物館に送り、その1年後の1870年に、研究を進めたミレー・エドワードが、Ailaropoda-mlanoleuca(『アイルロポダ・メラノレウカ』:ジャイアントパンダの学名)という学名をつけた。
ジャイアントパンダが日本にきたのは、33年前の1972(昭和47)年のこと。当時の田中角栄首相が中華人民共和国を訪問し、当時の首相・周恩来(シュウオンライ)との首脳会談により、日中国交正常化の道が開かれたのを記念して、中国から日本へ2頭のジャイアントパンダが贈られた。オスのカンカンとメスのランランは、東京・上野動物園で一般公開され、たちまち国民をとりこにし、大変なパンダブームが到来した。
その頃の日本では、存在そのものが余り知られていなかったが、各種報道などで紹介された愛くるしい姿を見て、初公開には夜を徹して一番乗りを目指す青年が出たり、開園を待つ人の列が2kmにも達したほどだという。しかし、その後、パンダの繁殖は難しく飼育に大変困っている。パンダは、まだまだ謎の多い動物なのですねえ~。
今、パンダの故郷、中華人民共和国以外の国に20頭前後のパンダがいるそうだが、そのうち、日本国内では、上野動物園、南紀白浜アドベンチャー・ワールド、神戸市立王子動物園の3ケ所に6頭がいる。(南紀白浜アドベンチャー・ワールドに赤ちゃん?)
パンダは、食肉目(ミアキスという大昔の動物から進化した、主に肉食の動物。ネコ科、イム科、クマ科などが含まれる)を、さらに分類したジャイアントパンダ科と言うことになるらしい。又、一般的には知られていないが、「シロクログマ」という和名もあるそうだ。
このジャイアントパンダが発見されるまで、パンダとはレッサーパンダを指していた。この2種には、主食がタケであること、タケを食べるため歯の形が似ていること、前肢には6本目の指といわれるでっぱりがあり、上手にタケを握れることなどの共通点があるという。
6本目の指・・・?・・・パンダの一番の特長は両耳・目のまわり・4本の足の「黒い毛」と思われている方が多いと思うが、実際には、パンだの一番特徴的なことは、笹など物を掴むことができることだそうだ。そして、パンダが物を掴めるは、第6の指を持っているから。しかし、これは本当の指ではなく、手首にある骨(手根骨)が発達したもので、この骨の表面は皮付きの肉球となっており、この第6の指を親指のように使い、ほかの本当の指とで物をつかむことが可能になったのだという。
面白い記事で、中国を訪れたことのある方が、成都パンダ繁殖基地のスタッフから、遣唐使の時代に中国からジャイアントパンダが贈られたと聞いたといい、この件について、文献を調べると、ラモナ・モリス&デスモンド・モリス著『パンダ』(中央公論社(p.23)にこんなことが書いてあるというのである。
「雲南省の山岳の竹林の白熊は、唐の皇帝一世の治世六二一年に書かれた記録にすでに出ている。当時の『日本書紀』によると、六八五年十月二十二日、中国の皇帝が日本の皇帝に二頭の生きた白熊とその毛皮七〇枚を送ったとされている。(略)」と・・・著者のモリスらは、この「白熊」というのはジャイアントパンダかもしれない、と仮説をたてているらしいが、日本書紀のこの年代には、そのような記載がないものの、斉明天皇四年十一月の箇所に、「是歳(ことし)、越国守(こしのくにのかみ)阿倍引田臣比羅夫(あへのひけたのおみひらぶ)、粛慎(みしはせのくに)を討ちて、生羆(しくま)二つ・羆(しくまの)皮七十枚献(たてまつ)る」とある。・・というのである。白熊」とは書いてない……。しかも、日本書紀の685年に、ヴェントが書いているような箇所はない……。ただし、数だけ一致する部分が別のところにある……。このことが真実か否か?・・・面白い話ですね。この話は、以下参考の||| TokyoZooNet |||より引用したが、興味のある方は、覗いてみて・・・。
それと、余談だが、昨日、家人から、テレビで、岸和田の竹林の竹の根の方の太い部分は竹細工に使えるが、先の方の大量の葉の方処分に困っていたところ、南紀白浜アドベンチャー・ワールドのパンダが喜んで食べたというのである。竹にも色々種類があるが、この竹はパンダが非常に好んで食べるものらしい。燃やすと環境問題にもなるので、一挙両得って感じ・・・良かったね~。
(画像は、上手に笹を手に握って食べているパンダ。神戸王子動物園より)
参考:
D-WEB パンダ特集
http://www.d-web.co.jp/special/panda.aspx
||| TokyoZooNet |||
http://www.tokyo-zoo.net/ROOT/express/express_back?record=138
神戸市立王子動物園
http://ojizoo.jp/
パンダ空の旅© Maeda Mameo
マウスのボタンひとつで遊べます。ハイスコアが登録できます。
http://dietpanda.hp.infoseek.co.jp/flash/FlyPandaFly/FlyPandaFly.html
MIDI「パンダがなんだ」海友彦作詞・小倉靖作曲
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/pandagananda.html
パンダがな
あんまりにんきものだでな
タヌキもな
オイラもいっちょ なってみるべと
パンダにばけたとよ
ひあたりやまの タヌキがな
・・・・面白い歌でしょう・・・。
1869(明治2)年、中国・四川省ムーピン(現在の宝興県)の民家で、伝道中のフランス人神父アーノルド・ダヴィトが、白と黒の奇妙な熊の毛皮を見せられた。これが、西洋でパンダが知られるきっかけとなった。
ダヴィトはパンダのレプリカ標本をパリの自然歴史博物館に送り、その1年後の1870年に、研究を進めたミレー・エドワードが、Ailaropoda-mlanoleuca(『アイルロポダ・メラノレウカ』:ジャイアントパンダの学名)という学名をつけた。
ジャイアントパンダが日本にきたのは、33年前の1972(昭和47)年のこと。当時の田中角栄首相が中華人民共和国を訪問し、当時の首相・周恩来(シュウオンライ)との首脳会談により、日中国交正常化の道が開かれたのを記念して、中国から日本へ2頭のジャイアントパンダが贈られた。オスのカンカンとメスのランランは、東京・上野動物園で一般公開され、たちまち国民をとりこにし、大変なパンダブームが到来した。
その頃の日本では、存在そのものが余り知られていなかったが、各種報道などで紹介された愛くるしい姿を見て、初公開には夜を徹して一番乗りを目指す青年が出たり、開園を待つ人の列が2kmにも達したほどだという。しかし、その後、パンダの繁殖は難しく飼育に大変困っている。パンダは、まだまだ謎の多い動物なのですねえ~。
今、パンダの故郷、中華人民共和国以外の国に20頭前後のパンダがいるそうだが、そのうち、日本国内では、上野動物園、南紀白浜アドベンチャー・ワールド、神戸市立王子動物園の3ケ所に6頭がいる。(南紀白浜アドベンチャー・ワールドに赤ちゃん?)
パンダは、食肉目(ミアキスという大昔の動物から進化した、主に肉食の動物。ネコ科、イム科、クマ科などが含まれる)を、さらに分類したジャイアントパンダ科と言うことになるらしい。又、一般的には知られていないが、「シロクログマ」という和名もあるそうだ。
このジャイアントパンダが発見されるまで、パンダとはレッサーパンダを指していた。この2種には、主食がタケであること、タケを食べるため歯の形が似ていること、前肢には6本目の指といわれるでっぱりがあり、上手にタケを握れることなどの共通点があるという。
6本目の指・・・?・・・パンダの一番の特長は両耳・目のまわり・4本の足の「黒い毛」と思われている方が多いと思うが、実際には、パンだの一番特徴的なことは、笹など物を掴むことができることだそうだ。そして、パンダが物を掴めるは、第6の指を持っているから。しかし、これは本当の指ではなく、手首にある骨(手根骨)が発達したもので、この骨の表面は皮付きの肉球となっており、この第6の指を親指のように使い、ほかの本当の指とで物をつかむことが可能になったのだという。
面白い記事で、中国を訪れたことのある方が、成都パンダ繁殖基地のスタッフから、遣唐使の時代に中国からジャイアントパンダが贈られたと聞いたといい、この件について、文献を調べると、ラモナ・モリス&デスモンド・モリス著『パンダ』(中央公論社(p.23)にこんなことが書いてあるというのである。
「雲南省の山岳の竹林の白熊は、唐の皇帝一世の治世六二一年に書かれた記録にすでに出ている。当時の『日本書紀』によると、六八五年十月二十二日、中国の皇帝が日本の皇帝に二頭の生きた白熊とその毛皮七〇枚を送ったとされている。(略)」と・・・著者のモリスらは、この「白熊」というのはジャイアントパンダかもしれない、と仮説をたてているらしいが、日本書紀のこの年代には、そのような記載がないものの、斉明天皇四年十一月の箇所に、「是歳(ことし)、越国守(こしのくにのかみ)阿倍引田臣比羅夫(あへのひけたのおみひらぶ)、粛慎(みしはせのくに)を討ちて、生羆(しくま)二つ・羆(しくまの)皮七十枚献(たてまつ)る」とある。・・というのである。白熊」とは書いてない……。しかも、日本書紀の685年に、ヴェントが書いているような箇所はない……。ただし、数だけ一致する部分が別のところにある……。このことが真実か否か?・・・面白い話ですね。この話は、以下参考の||| TokyoZooNet |||より引用したが、興味のある方は、覗いてみて・・・。
それと、余談だが、昨日、家人から、テレビで、岸和田の竹林の竹の根の方の太い部分は竹細工に使えるが、先の方の大量の葉の方処分に困っていたところ、南紀白浜アドベンチャー・ワールドのパンダが喜んで食べたというのである。竹にも色々種類があるが、この竹はパンダが非常に好んで食べるものらしい。燃やすと環境問題にもなるので、一挙両得って感じ・・・良かったね~。
(画像は、上手に笹を手に握って食べているパンダ。神戸王子動物園より)
参考:
D-WEB パンダ特集
http://www.d-web.co.jp/special/panda.aspx
||| TokyoZooNet |||
http://www.tokyo-zoo.net/ROOT/express/express_back?record=138
神戸市立王子動物園
http://ojizoo.jp/
パンダ空の旅© Maeda Mameo
マウスのボタンひとつで遊べます。ハイスコアが登録できます。
http://dietpanda.hp.infoseek.co.jp/flash/FlyPandaFly/FlyPandaFly.html
MIDI「パンダがなんだ」海友彦作詞・小倉靖作曲
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/pandagananda.html
パンダがな
あんまりにんきものだでな
タヌキもな
オイラもいっちょ なってみるべと
パンダにばけたとよ
ひあたりやまの タヌキがな
・・・・面白い歌でしょう・・・。