今日(11月27日)は「いい鮒の日」だそうだ。
茨城県の古河鮒甘露煮組合が制定したそうで、「い(1)い(1)ふ(2)な(7)」(いい鮒)の語呂合せとか。
鮒の甘露煮とは、フナを軽く下ごしらえした後、素焼きにし、醤油、みりん、砂糖、水飴でなどを加えた汁で「照り」が出るように煮たもの。 骨まで柔らかくなるようにゆっくりと長時間形崩さないように煮込むのがコツ。頭から尻尾まで丸ごと食べられる。甘露煮として使われる魚は他に、アユ、鯉、ニジマス、ハゼ、ワカサギなど主に淡水性の小魚が使われる。
古河市(こがし)は、関東地方のほぼ中央、茨城県の西端に位置する都市である。
”古河”は、古く「許我」と表記され 万葉集巻14に「まくらがの古河」のうたが三首収載されている。(以下参考に記載の訓読万葉集参照)
3449: 白妙の衣の袖を真久良我(まくらが)よ海人榜ぎ来(く)見ゆ波立つなゆめ
3555: 真久良我(まくらが)の許我(こが)の渡の柄楫(からかぢ)の音高(だか)しもな寝なへ子ゆゑに
3558: 逢はずして行かば惜しけむ真久良我(まくらが)の許賀(こが)榜ぐ船に君も逢はぬかも古河は、昔から“渡良瀬”や“思川”沿い中心にひらけていた地域で、万葉の頃、すなわち奈良時代には利根流域は一面葦の生い繁る水郷で、今の渡良瀬川と利根川の合する辺りは、「麻久良我(まくらが)」とよばれていたそうだ。”古河”の許我は「滸找」であって、「水辺に船をすすめる」という意味であり、まくらがのは「どの国にも属していない地域」を指しているという。(郷土史家の鎗水柏翠氏による。以下参考に記載の歴史をたどればより)
歌の内容から、奈良時代には、既に渡し場であった様子だが、渡良瀬川や利根川にのぞんだ古代の集落は、低地の沼や川を交通路として、国府や各地を結ぶ古道の要所として発展してきたことをうかがえる。江戸時代には徳川譜代大名の城下町であった古河は、日光奥州街道の要地として、代々小笠原・松平・奥平・永井・土井・堀田・本多などといった、老中格の大名が城主となり、栄えた町でもある。
1689(元禄2)年に行われた松尾芭蕉の奥羽北陸行脚。のちに『奥の細道』として結実するこの旅の様子を、随行者の河合曾良が記録していたもの綴った旅日記「奥の細道随行日記」(翻刻本「曽良 奥の細道随行日記」参照)がある。曽良のこの日記には江戸深川を旅立った日が3月20日となっているのに、芭蕉は本文に3月27日出発と書いているなど出発日より日付が違うなど、芭蕉の『奥の細道』を読み解く上で貴重な資料となるものであるが、その日記に以下のようにある。
「二十八日、ママダニ泊ル。カスカベヨリ九里。前夜ヨリ雨降ル。辰上剋止ニ依テ宿出。間モナク降ル。午ノ下剋止。此日栗橋ノ関所通ル。手形モ断モ入不。」
栗橋の関所は、日光街道が利根川を越す要地であり、「利根川通り定船場」から発展した関所の一つで「房川渡中田・関所」とよばれたそうだ。東海道の箱根、中仙道の碓氷と並び重要な関所であったといわれる。古河市は利根川、渡良瀬川また渡良瀬遊水地が近くにあり淡水魚の漁に恵まれており「鮒の甘露煮」が名物である。
古くは、万葉集巻4の中にも、次のように鮒を詠んだ歌がある。
高安王の、裹(つつ)める鮒を娘子に贈りたまへる歌一首
625:沖辺ゆき辺にゆき今や妹がため我が漁(すなど)れる藻臥(もふし)束鮒(つかふな)
訳すると、沖辺へ行き、浜辺を歩いて、やっとあなたのために私が捕って来た、藻の中に潜んでいる小さな鮒ですよ・・・といったところ。万葉集にフナを詠った歌があるように、フナを初めとする川魚は、古来より身近な食材として人々に利用されてきた。
兎(うさぎ)追ひ(おい)しかの山、
小鮒(こぶな)釣りしかの川、
夢(ゆめ)は今もめぐりて、
忘れがたき故郷(ふるさと)
尋常小学唱歌 「故郷(ふるさと)」作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一。
フナは古くから現在に至るまで身近な魚として人々に親しまれ文部省唱歌としても歌われてきた。余談だが、この歌は、子供の頃から歌っているし、私も時々ハーモニカを吹いて楽しんでいる曲であるが、本当にいい曲だ。しかし、この歌は単に兎を追って楽しんでいた子どもの頃を懐かしんでいる歌だと思っていたのだが、実は、「兎(うさぎ)を追う」とは、単に野山でこの小動物と遊ぶことではなく、ウサギを狩ること。つまり表向きは肉食を禁じていた昔、日本人が、実はそうではなく肉食をしていたということが、この甘酸っぱい追憶のフレーズに表わされているというのである。日本の童謡や唱歌にはいろいろ秘めたことがあり、奥が深いよね~。
故郷(ふるさと) 歌詞・MIDI
http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/furusato.htm
フナを食べる方法として有名なものには滋賀県の「鮒寿司」や愛知県・岐阜県・三重県の「鮒味噌」、岡山県の「鮒飯」などがあるが、かつては身近で重要な蛋白源として全国的にもよく食べられていた。調理方法としては、塩焼きや煮付け、甘露煮の他に、刺身、洗いなどがあるほか、小さいフナを竹串でさし、タレをつけて焼くすずめ焼き(以下参考に記載の※すずめ焼参照)などもあるが、近年は、淡水魚独特の泥臭さが敬遠されたり、フナそのものが水環境の悪化によって減少したりしているため、食用とする機会は減っている。
因みに、日本における2004(平成16)年の鮒の総漁獲量は2258tで、養殖を除くとサケ・マス、アユに次ぐ漁獲量で、都道府県別に見ると埼玉県(290t)が最も多く、続いて岡山県(266t)、茨城県(251t)3位となっているそうだ。
(画像は、鮒の甘露煮)
古河市 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%B2%B3%E5%B8%82
奥の細道行脚―『曾良日記』
http://www.tcat.ne.jp/~drnobu/page202.html
訓読万葉集
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/manyok/manyo_k.html
歴史をたどれば
http://www.town.kitakawabe.saitama.jp/rekishi/bnk09.htm
渡良瀬遊水地
http://www1.odn.ne.jp/~aan53170/wtrs/
譜代大名- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%9C%E4%BB%A3%E5%A4%A7%E5%90%8D
芭蕉庵ドットコム
http://www.bashouan.com/
入り鉄砲と出女の栗橋関所跡
http://www.sainokuni-kanko.jp/sightsee/search_sight.php?mode=data_detail&id=112
[PDF] 利根川資料館ニューズレター
http://www.tonejo.go.jp/tone_root/tonegawa/oshirase/news/news_pdf/news_04.pdf
生きもの歳時記 万葉の生きものたち・鮒(ふな)
http://www.bioweather.net/column/ikimono/manyo/m0512_1.htm
※すずめ焼
http://www9.ocn.ne.jp/~asachou/newpage1.html
d-score・昭和8年(1933年)『新訂尋常小学唱歌 第六学年用』故郷(ふるさと)
http://www.d-score.com/ar/A02040801.html
茨城県の古河鮒甘露煮組合が制定したそうで、「い(1)い(1)ふ(2)な(7)」(いい鮒)の語呂合せとか。
鮒の甘露煮とは、フナを軽く下ごしらえした後、素焼きにし、醤油、みりん、砂糖、水飴でなどを加えた汁で「照り」が出るように煮たもの。 骨まで柔らかくなるようにゆっくりと長時間形崩さないように煮込むのがコツ。頭から尻尾まで丸ごと食べられる。甘露煮として使われる魚は他に、アユ、鯉、ニジマス、ハゼ、ワカサギなど主に淡水性の小魚が使われる。
古河市(こがし)は、関東地方のほぼ中央、茨城県の西端に位置する都市である。
”古河”は、古く「許我」と表記され 万葉集巻14に「まくらがの古河」のうたが三首収載されている。(以下参考に記載の訓読万葉集参照)
3449: 白妙の衣の袖を真久良我(まくらが)よ海人榜ぎ来(く)見ゆ波立つなゆめ
3555: 真久良我(まくらが)の許我(こが)の渡の柄楫(からかぢ)の音高(だか)しもな寝なへ子ゆゑに
3558: 逢はずして行かば惜しけむ真久良我(まくらが)の許賀(こが)榜ぐ船に君も逢はぬかも古河は、昔から“渡良瀬”や“思川”沿い中心にひらけていた地域で、万葉の頃、すなわち奈良時代には利根流域は一面葦の生い繁る水郷で、今の渡良瀬川と利根川の合する辺りは、「麻久良我(まくらが)」とよばれていたそうだ。”古河”の許我は「滸找」であって、「水辺に船をすすめる」という意味であり、まくらがのは「どの国にも属していない地域」を指しているという。(郷土史家の鎗水柏翠氏による。以下参考に記載の歴史をたどればより)
歌の内容から、奈良時代には、既に渡し場であった様子だが、渡良瀬川や利根川にのぞんだ古代の集落は、低地の沼や川を交通路として、国府や各地を結ぶ古道の要所として発展してきたことをうかがえる。江戸時代には徳川譜代大名の城下町であった古河は、日光奥州街道の要地として、代々小笠原・松平・奥平・永井・土井・堀田・本多などといった、老中格の大名が城主となり、栄えた町でもある。
1689(元禄2)年に行われた松尾芭蕉の奥羽北陸行脚。のちに『奥の細道』として結実するこの旅の様子を、随行者の河合曾良が記録していたもの綴った旅日記「奥の細道随行日記」(翻刻本「曽良 奥の細道随行日記」参照)がある。曽良のこの日記には江戸深川を旅立った日が3月20日となっているのに、芭蕉は本文に3月27日出発と書いているなど出発日より日付が違うなど、芭蕉の『奥の細道』を読み解く上で貴重な資料となるものであるが、その日記に以下のようにある。
「二十八日、ママダニ泊ル。カスカベヨリ九里。前夜ヨリ雨降ル。辰上剋止ニ依テ宿出。間モナク降ル。午ノ下剋止。此日栗橋ノ関所通ル。手形モ断モ入不。」
栗橋の関所は、日光街道が利根川を越す要地であり、「利根川通り定船場」から発展した関所の一つで「房川渡中田・関所」とよばれたそうだ。東海道の箱根、中仙道の碓氷と並び重要な関所であったといわれる。古河市は利根川、渡良瀬川また渡良瀬遊水地が近くにあり淡水魚の漁に恵まれており「鮒の甘露煮」が名物である。
古くは、万葉集巻4の中にも、次のように鮒を詠んだ歌がある。
高安王の、裹(つつ)める鮒を娘子に贈りたまへる歌一首
625:沖辺ゆき辺にゆき今や妹がため我が漁(すなど)れる藻臥(もふし)束鮒(つかふな)
訳すると、沖辺へ行き、浜辺を歩いて、やっとあなたのために私が捕って来た、藻の中に潜んでいる小さな鮒ですよ・・・といったところ。万葉集にフナを詠った歌があるように、フナを初めとする川魚は、古来より身近な食材として人々に利用されてきた。
兎(うさぎ)追ひ(おい)しかの山、
小鮒(こぶな)釣りしかの川、
夢(ゆめ)は今もめぐりて、
忘れがたき故郷(ふるさと)
尋常小学唱歌 「故郷(ふるさと)」作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一。
フナは古くから現在に至るまで身近な魚として人々に親しまれ文部省唱歌としても歌われてきた。余談だが、この歌は、子供の頃から歌っているし、私も時々ハーモニカを吹いて楽しんでいる曲であるが、本当にいい曲だ。しかし、この歌は単に兎を追って楽しんでいた子どもの頃を懐かしんでいる歌だと思っていたのだが、実は、「兎(うさぎ)を追う」とは、単に野山でこの小動物と遊ぶことではなく、ウサギを狩ること。つまり表向きは肉食を禁じていた昔、日本人が、実はそうではなく肉食をしていたということが、この甘酸っぱい追憶のフレーズに表わされているというのである。日本の童謡や唱歌にはいろいろ秘めたことがあり、奥が深いよね~。
故郷(ふるさと) 歌詞・MIDI
http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/furusato.htm
フナを食べる方法として有名なものには滋賀県の「鮒寿司」や愛知県・岐阜県・三重県の「鮒味噌」、岡山県の「鮒飯」などがあるが、かつては身近で重要な蛋白源として全国的にもよく食べられていた。調理方法としては、塩焼きや煮付け、甘露煮の他に、刺身、洗いなどがあるほか、小さいフナを竹串でさし、タレをつけて焼くすずめ焼き(以下参考に記載の※すずめ焼参照)などもあるが、近年は、淡水魚独特の泥臭さが敬遠されたり、フナそのものが水環境の悪化によって減少したりしているため、食用とする機会は減っている。
因みに、日本における2004(平成16)年の鮒の総漁獲量は2258tで、養殖を除くとサケ・マス、アユに次ぐ漁獲量で、都道府県別に見ると埼玉県(290t)が最も多く、続いて岡山県(266t)、茨城県(251t)3位となっているそうだ。
(画像は、鮒の甘露煮)
古河市 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%B2%B3%E5%B8%82
奥の細道行脚―『曾良日記』
http://www.tcat.ne.jp/~drnobu/page202.html
訓読万葉集
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/manyok/manyo_k.html
歴史をたどれば
http://www.town.kitakawabe.saitama.jp/rekishi/bnk09.htm
渡良瀬遊水地
http://www1.odn.ne.jp/~aan53170/wtrs/
譜代大名- Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%9C%E4%BB%A3%E5%A4%A7%E5%90%8D
芭蕉庵ドットコム
http://www.bashouan.com/
入り鉄砲と出女の栗橋関所跡
http://www.sainokuni-kanko.jp/sightsee/search_sight.php?mode=data_detail&id=112
[PDF] 利根川資料館ニューズレター
http://www.tonejo.go.jp/tone_root/tonegawa/oshirase/news/news_pdf/news_04.pdf
生きもの歳時記 万葉の生きものたち・鮒(ふな)
http://www.bioweather.net/column/ikimono/manyo/m0512_1.htm
※すずめ焼
http://www9.ocn.ne.jp/~asachou/newpage1.html
d-score・昭和8年(1933年)『新訂尋常小学唱歌 第六学年用』故郷(ふるさと)
http://www.d-score.com/ar/A02040801.html