精神科医で以前に京大の臨床心理の教員だった山中康裕氏は、自閉症の子供によくある事として、
母親自身に母性的な養育者が居なかったことを挙げていた。
うちの母親も、戦前の植民地の韓国で産まれ、すぐに産んだ母親が亡くなり、おばさんに
育てられたと生前に言っていた。
父親は商社の支店長だったとのことで、大きな家に住み、姉には教員が教えに来ていたとのこと。
その父親は戦前の大卒で、180センチくらいの長身だったと言っていた。
周りからは「家の外に出ると拐われるで」と言われていたので、外の人間に対する不信感などは
強かったのだろう。
4人居た他の兄や姉については、一人は証券関係に行ったくらいしか話さなかった。
親族の住宅やぶどう園に連れて行かれたことがあるが、どういう関係かは聞かされなかった。
教員が家に来て教えていた姉については、家で色々なことを習ったが、学歴がないので、こちらから断るような
相手からも断られていたと言っていた。
敗戦でカバンひとつで帰国し、幼稚園の跡地に住んで、庭は畑にしていたそうだが、
それでも就職した先の知り合いが家に来て食事をしたとき、こんなにいいものを食べたのは
初めてだと言っていたそうだから、それなりに裕福だったのだろう。
本人は大学に行きたかったが、時代的に行けなかったと言っていて、こちらも母親が描いた油絵を見たことがあるが、
本格的に上手かった印象がある。絵画教室の先生にも驚かれたそうだ。
たましいの窓 - (株)岩崎学術出版社 精神医学・精神分析・臨床心理学の専門書出版