遊工房・雑感

日頃のあれこれを綴る日記です

温泉から帰ってきた

2012-11-26 17:11:16 | 健康・病気

寒気がする

ダメだ

寝る

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うちのおばさん 超生意気!

2012-11-26 12:10:27 | ただの記事

私の鬼のかく乱も収まってきたので

おばさんは銀行に連れていけ洋服屋に連れていけ

ホームセンターに連れて行けと

催促

はいはい 

それはいいのだが

ホームセンターで 小さい買い物カートに

ティッシュ― トイレットペーパー 貼るホッカイロ60個入り3箱!!

おいおい

大きい買い物カートにしなきゃ入んないよ

と取り換えてあげたら!!!!

「ありがとうよ 則子さん重かっぺ!

則子さん重いもの持てないから

移すのはあたしがやるから」

って!

おばさん!

あたしゃあおばさんより20歳若いんだよ!

そういう恥ずかしいこと言わないの!

ホント!見境なく生意気なことを言うんだよ

車から降りるときも

「重いものは あたしが運ぶからね」ってまた言っているんだわよ

もう

参っちゃうよ

だから元気なんだけどさ

銀行だってATMでちゃんとお金を降ろすのもできるのだが

今日はできなくなって

???

この機械が壊れているんだっぺ!

機械を変えてみよう

というのだが

キャッシュカードの暗証番号

3回だか間違えると使えなくなるんだよな

(これは おばさんも私も前科がある)

なので今日は手伝ってあげたら

頭を振って

「ああ 頭が馬鹿になっちゃった」 と嘆くんだわ

早くプールに行くんでもいいよ

というのだが

ちょっと休んでからにしてもらいたいので

温泉行は3時出発です

・・

今日は冷たい雨です

コメント (6)
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古代史講義が終わった

2012-11-26 10:08:51 | ただの記事

講義の最後は端折りすぎでまた名前が出てき過ぎでくらくらしたが

非常に有意義な講義でした

感謝いっぱいです。

いろいろ思い出します

私は昔から神様が嫌いな子でした

母は迷信深くて

家から一歩も自由に出られない

(キチガイじみた父が縛り付けていた)

それで神様への献金を私に託したのだけれど

どうしても神様のいる境内には入れなかったので

そのお金でお菓子食べて使っちゃった

もう使いきれなくて

線路際のコンクリートの柱の中に捨てちゃった

それがばれて

恐ろしいような折檻を受けた

 

こういうことを思い出した

 

なぜ 神様が嫌いだったか

私が育ったころ私を教えた先生たちは

戦争中の皇国史観の元に教え子を戦場に送ったことを

深く反省していた時代だったと思う

詳しくは覚えていないが

小学生のころ(私は小学校入学は昭和25年です)

神武天皇も神功皇后も私はすべて後世のでっち上げで

神様をでっち上げることで日本の国民は戦争に駆り出されていった

という認識だった

子供の柔らかい頭に教えられたものは

深く根付くものだと思う

(当時は私の血をわけた父が戦死したことは知らなかったのだが)

後に調べたけれど

私の住んでいるあたりの学校は 当時組合運動も盛んだったようだった

 

平和教育だとか民主主義教育だとか

受けたんだと思うよ

児童会でも

子供たちが話し合って物事を決めることを習い

私は児童会の議長というのをやっていて

会議の進め方とか習った

(才能がないから人とうまく意見を戦わせる能力は身についてないや)

当時は理解できなかったけれど育ててくれた父は

戦争中シンガポール スマトラにいて

その戦争体験が

父のキチガイじみた人格を作ったのだろうと

後になって思ったけれど

新婚の夫を戦争で亡くし再婚した相手が酒乱で

不運な身を嘆いた母はだいたいは神道系の宗教にはまって行ったのです

それが

頭が突っ走りがちな幼い私には我慢がならず

かといって親に逆らうすべもコソコソしかできなくて

神社への献金を捨てるくらいのものだったけど・・

 

・・

でも 宗教的なものへの嫌悪感というのは身についてしまっていたのよね

皆嘘っぱち

と切って捨てていた

おまけに物覚えが悪いので歴史の授業は嫌い

そこに山里教授の授業が始まって

少しは大人になったので

それなりにいろいろ考え

面白く収穫があった

そもそもは 梅原猛の 権力の陰謀 権力争いの

結果のかげの怨霊封じ という話に触れて

そういう視点の下地もあったかもしれない

 

去年は 鬼をテーマにいろいろ考えた

何しろ あの大震災で

権力が国民を守らない!ということを思い知って怒りに狂って

私の心情が鬼だったので

鬼を生み出したのは

そういう人々だったなと思ったの

それで

あの絵を描いたんだよ

 酒呑童子のお話を作ったのも

それでなので

今となっては子供の時のような神様アレルギーはないよ

そういう神々の背後に

どんな権力関係が隠されているか

物語に託された思いは何だろうというようなことを考えるようになった

竹島問題だの尖閣諸島問題だのもあるけれど

古来から

国々は手前味噌なことばかり言ってきた

日本も朝鮮も中国も自国のことになると

平常心を失うね

男鹿人さんの自習は戦国時代を行っているが

全く 戦争ばかりして それに費やしたものを

分かち合えば 地球上の飢えをなくすことができるんじゃないか?

戦争ばかりしてバカだ

と言ったら 武蔵は やり返さないとやられる世のだからだったからな

というのだ

男は実にダメだ

そういう延長上に核武装への未練を持ち続ける馬鹿が居て

原発を廃絶できないんじゃないか

アメリカの銃のことも

はた目には何であんなものを放置するんだ?

と思うが

やられたらやり返す

などと考えなくてもいい世界を作るには

銃はなくすべきだし

国際紛争解決のために戦争いう手段を放棄すること

核をもてあそんで

自国を優位に立たせようという愚かな考えをやめること

何でこれができないんだよ!

 

というようなことを

古代史を勉強しながら考えた

 

私は 日本人という 独立した種族がいるというイメージを

持っていたがな

先祖をたどると フン族に行き当るかもな と思うようになった

ユーラシア大陸を疾走するイメージ

コメント (4)
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