永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(271)

2009年01月10日 | Weblog
09.1/10   271回

【蛍(ほたる)】の巻】  その(4)

玉鬘は、

「げにいつはり慣れたる人や、さまざまにさも酌み侍らむ。ただいとまことの事とこそ
思う給へられけれ」
――なるほど嘘を付きなれたお方が、あれこれとそのようにお察しになるのでしょうか。私などはただただ本当の事と思われるばかりでございます――

 玉鬘は、ちょっと不機嫌に、今お使いになっていた硯を、わきに押しやられますので、源氏は、

「こちなくも聞こえおとしてけるかな。神代より世にかることを、記し置きけるななり。日本記などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく、くわしきことはあらめ」
――おやおや、思わずおとしめてしまったことよ。物語というものは、神代からこの世にあることを書き残したものだそうな。正史とされている日本記などは、そのほんの一部分でしかないのでしょう。これらの物語にこそ、ちゃんとした詳しい、人の心得になるような一切があるのでしょう――

 と、おっしゃってお笑いになります。つづけて、

「その人の上とて、ありのままに言ひ出づることこそなけれ。(……)」
――だいたい物語というものは、誰それの身の上として、事実通りに書くことはないけれど、(良いことも悪いことも、この世に生きていく人の有様で、読者におもねって、良いことは良すぎ、悪いことはひどく悪く書いて、どうも現実のようではありませんよ……)――

などと、尤もらしい世間の話にもっていかれます。ところでと、お話を変えられて、

「さてかかる故言の中に、まろがやうに実法なるしれもののの物語はありや。いみじく気遠き、ものの姫君も、御こころのやうにつれなく、そらおぼめきしたるは世にあらじな。いざ類なき物語にして、世に伝へさせむ」
――さてと、こういう物語の中に、私ほど律儀な馬鹿者の物語がありますか。ごく世間知らずな物語の姫君でも、あなたほど無情で、とぼけた人はおりますまい。あなたと私の事は、世にも珍しい物語にして、世間に伝えさせたいものですね。――

と、源氏がにじり寄っておっしゃるので、姫君は袖でお顔を隠されて、

「さらずとも、かくめづらかなる事は、世語りにこそはなり侍りぬべかめれ」
――わざわざ物語になさらなくても、これほど珍しいことは、自然世間の噂になることでしょう――

 「あなたもそうお思いですか」と源氏はなお、玉鬘に寄って御髪を撫でてお上げになったり、恨み事を仰るご様子は、まったく屈託のないくだけかたでいらっしゃる。玉鬘はかろうじて、(歌)

「ふるき跡をたづぬれどげになかりけりこの世にかかる親の心は」
――昔のことを探してみても、こんな親の心は見たこともありません――

 源氏は、玉鬘のお歌に、はっと、わが身が恥ずかしくなられて、それ以上に乱れることはおできにならず、まあ、こうしてお二人の間柄はどうなっていくのでしょう。
◆かたそば=片側=一部分
◆実法=じほふ=まじめなさま、素直なさま

◆写真:玉鬘が兵部卿の宮をどうお思いなのかを、探りに
    きている源氏。衣装もくだけた着方で、優越感も見えます。 風俗博物館

ではまた。