永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(282)

2009年01月29日 | Weblog
09.1/29   282回

【常夏(とこなつ)】の巻】  その(7)

 内大臣は、近江の君を弘徽殿女御のお側に仕えさせることにして、若い女房達の噂の種や笑い物にならぬようにと、老女房などに頼みます。弘徽殿女御のおうようで梅の花のようなご様子とは違い、我が子ながら何という違いかと、

「中将の、いとさいへど、心若きたどり少なさに」
――何といっても柏木がまだ若くて、調査不十分で迎え取ったせいで」
 と、おっしゃっていますのも、

「いとほしげなる人のみおぼえかな」
――まったくお気の毒な近江の君の評判ですこと――

 内大臣が弘徽殿女御をお訪ねになったついでに、近江の君のお部屋に立ち覗かれますと、五節の君という洒落た若い女房と一緒に双六を打っているところでした。揉み手をしながら、近江の君が、

「せうさい、せうさい」
――小賽(しょうさい)、小賽――

と、言う声の何と早口なことでしょう。内大臣は、ああやはり困ったことだと、もう少し近寄られて、ご覧になりますと、相手の若女房もまた調子づいた人で、

「御返しや、御返しや」
――お返しや、お返しや――
 と、筒をひねってすぐにも打ち出さない。こちらも浅はかな感じに見えます。

 近江の君の容貌は、小柄で愛嬌があるようで、髪も見事ですが、額がひどく狭いのと、声が上っ調子のために、ぶちこわしなのでした。内大臣は、

「鏡に思ひ合はせられ給ふに、いと宿世心づきなし」
――鏡に映るご自分の顔によく似ていると思われるにつけ、前世の宿縁がなんとも情けない――

 内大臣が、「ここに居られるのは、しっくりしませんか。私は忙しくて訪ねてあげることもできないし」とおっしゃいますと、近江の君は「いいえ、何の心配もありませんが、長年お目にかかりたいと願っていました父上の御顔を、始終拝むことができませんのが、双六に良い目が出ないような物足りなさで」と、申し上げます。


◆「小賽(しょうさい)、小賽」=相手に小さい賽の目が出るように乞い祈ることば。
◆「御返しや、御返しや」=ご返報に良い目を出したい意。
◆筒=双六の賽を入れて振り出す竹筒。


写真:双六遊び  風俗博物館

ではまた。