2011. 11/1 1021
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(82)
「上臈の親王たち大臣などのたまはり給ふだにめでたきことなるを、これはまして御婿にてもてはやされ奉り給へる、御おぼえおろかならずめづらしきに、かぎりあれば、くだりたる座に帰りつき給へる程、心ぐるしきまでぞ見えける」
――(天盃は)親王たちや大臣などがいただくのが面目あることなのに、薫の場合はまして御婿君としてお引き立てに与るのですから、帝の御信望のめでたさも並々ならぬものです。しかし、それとても身分上の制限がありますので、薫は末席に戻ってお控えになるところは、お気の毒にみえます――
「按察使の大納言は、われこそかかる目も見むと思ひしか、ねたのわざや、と思ひ居給へり。この宮の御母女御をぞ、昔、心がけきこえ給へりけるを、参り給ひてのちも、なほ思ひ離れぬさまに、きこえかよひ給ひて」
――按察使の大納言(柏木亡き後、次弟で、紅梅の大納言)は、自分こそ女二の宮を得てこういう光栄にも会いたいものだと思っていましたので、妬ましいことだ、と思っていらっしゃいます。この方は、昔、この女二の宮の御母女御に懸想しておいでになりましたのが、入内なさって後も、なお諦めけれず、お文を差し上げたりして――
「はては宮を得たてまつらむの心つきたりければ、御後見望むけしきももらし申しけれど、きこしめしだに伝へずなりにければ、いと心やまし、と思ひて、『人がらは、げに契りことなめれど、なぞ、時の帝のことごとしきまで婿かしづき給ふべき。またあらじかし、九重のうちに、おはします殿近き程にて、ただ人のうちとけさぶらひて、はては宴やなにやと、もてさわがるることは』など、いみじそしりつぶやき申し給ひけれど、さすがゆかしかりければ、参りて、心の内にぞ腹立ちゐ給へりける」
――揚句のはては、この女二の宮をお迎えしたいと思いそめて、その由を女御にお洩らし申し上げましたが、女御が帝のお耳にさえお入れしませんでしたので、ひどく気を悪くしていらっしゃいまして、「なるほど、薫大将のお人柄はご立派で、格別のお生まれでもあろうが、どうしてまた、時の帝がこれほどまでに大袈裟にかしずかれることがあろうか。他に例はないだろうよ。御所内の、しかも帝のいらっしゃる御殿(清涼殿)に近いあたりで、皇族ならぬ普通人が馴れ馴れしく伺候して、その上、宴だ何だと大騒ぎなさるとは」などと、ひどく不満を洩らしながらも、それでも藤の宴は見たかったので参上し、心の内で腹を立てておいでになります――
「紙燭さして歌どもたてまつる。文台のもとに寄りつつ置く程のけしきは、おのおのしたり顔なりけれど、例のいかにあやしげにふるめきたりけむ、と思ひやれば、あながちに皆もたづね書かず。かみの町も、上臈とて、御口つきどもは、ことなること見えざめれど、しるしばかりとて、一つ二つぞ問ひ聞きたし」
――参列の人々は、紙燭(しそく)を灯して、文台のもとに歩み寄って、懐紙にしたためた祝歌を奉るときの様子は、それぞれ得意顔ではありますが、歌がらはいつものとおりで、さぞ古風なものばかりであったと思いやられますので、無理に探して書きとめようとは思いません。身分の高い人の歌だからといって、詠み振りが格別なところもないようですが、
この夜の記念のつもりで一つ二つ尋ねておきました――
では11/3に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(82)
「上臈の親王たち大臣などのたまはり給ふだにめでたきことなるを、これはまして御婿にてもてはやされ奉り給へる、御おぼえおろかならずめづらしきに、かぎりあれば、くだりたる座に帰りつき給へる程、心ぐるしきまでぞ見えける」
――(天盃は)親王たちや大臣などがいただくのが面目あることなのに、薫の場合はまして御婿君としてお引き立てに与るのですから、帝の御信望のめでたさも並々ならぬものです。しかし、それとても身分上の制限がありますので、薫は末席に戻ってお控えになるところは、お気の毒にみえます――
「按察使の大納言は、われこそかかる目も見むと思ひしか、ねたのわざや、と思ひ居給へり。この宮の御母女御をぞ、昔、心がけきこえ給へりけるを、参り給ひてのちも、なほ思ひ離れぬさまに、きこえかよひ給ひて」
――按察使の大納言(柏木亡き後、次弟で、紅梅の大納言)は、自分こそ女二の宮を得てこういう光栄にも会いたいものだと思っていましたので、妬ましいことだ、と思っていらっしゃいます。この方は、昔、この女二の宮の御母女御に懸想しておいでになりましたのが、入内なさって後も、なお諦めけれず、お文を差し上げたりして――
「はては宮を得たてまつらむの心つきたりければ、御後見望むけしきももらし申しけれど、きこしめしだに伝へずなりにければ、いと心やまし、と思ひて、『人がらは、げに契りことなめれど、なぞ、時の帝のことごとしきまで婿かしづき給ふべき。またあらじかし、九重のうちに、おはします殿近き程にて、ただ人のうちとけさぶらひて、はては宴やなにやと、もてさわがるることは』など、いみじそしりつぶやき申し給ひけれど、さすがゆかしかりければ、参りて、心の内にぞ腹立ちゐ給へりける」
――揚句のはては、この女二の宮をお迎えしたいと思いそめて、その由を女御にお洩らし申し上げましたが、女御が帝のお耳にさえお入れしませんでしたので、ひどく気を悪くしていらっしゃいまして、「なるほど、薫大将のお人柄はご立派で、格別のお生まれでもあろうが、どうしてまた、時の帝がこれほどまでに大袈裟にかしずかれることがあろうか。他に例はないだろうよ。御所内の、しかも帝のいらっしゃる御殿(清涼殿)に近いあたりで、皇族ならぬ普通人が馴れ馴れしく伺候して、その上、宴だ何だと大騒ぎなさるとは」などと、ひどく不満を洩らしながらも、それでも藤の宴は見たかったので参上し、心の内で腹を立てておいでになります――
「紙燭さして歌どもたてまつる。文台のもとに寄りつつ置く程のけしきは、おのおのしたり顔なりけれど、例のいかにあやしげにふるめきたりけむ、と思ひやれば、あながちに皆もたづね書かず。かみの町も、上臈とて、御口つきどもは、ことなること見えざめれど、しるしばかりとて、一つ二つぞ問ひ聞きたし」
――参列の人々は、紙燭(しそく)を灯して、文台のもとに歩み寄って、懐紙にしたためた祝歌を奉るときの様子は、それぞれ得意顔ではありますが、歌がらはいつものとおりで、さぞ古風なものばかりであったと思いやられますので、無理に探して書きとめようとは思いません。身分の高い人の歌だからといって、詠み振りが格別なところもないようですが、
この夜の記念のつもりで一つ二つ尋ねておきました――
では11/3に。