2011. 11/21 1029
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(90)
弁の尼君が、
「しか仰せごと侍りしのちは、さるべきついで侍らば、と待ち侍りしに、去年は過ぎて、この二月になむ、初瀬詣でのたよりに対面して侍りし。かの母君に、おぼしめしたるさまはほのめかし侍りしかば、『いとかたはらいたく、かたじけなき御よそへにこそは侍るなれ』などなむ侍りしかど、そのころほひは、のどやかにもおはしまさず、とうけたまはりし、折、便なく思ひ給へつつみて、かくなむ、ともきこえさせ侍らざりしを、またこの月にも詣でて、今日帰り給ふなめり」
――(貴方様から)そのようにお言葉を承りました後は、適当な機会がありますならば、と待っておりましたところ、去年は過ぎてしまい、この二月に浮舟が初瀬詣でをされましたついでに対面しまして、あの方の母君に、貴方様がお考えになっておられます御趣旨を、それとなくお伝えしましたところ、母君は、「浮舟を大君におなぞらえとは、まことにまあ、畏れ多く勿体ないことでございます」などと申しておりましたが、その頃は貴方様の方が、(女二の宮との御結婚のことで)何やらお取り込み中のように承りましたので、時期が悪いとご遠慮申し上げ、そのこともお知らせ申し上げずにおりました。そのうちに、またこの月にもお参りなさいまして、今日がお帰りのようでございます――
「行き帰りの中宿りには、かく睦びらるるも、ただ過ぎにし御けはひをたづねきこゆるゆゑになむ侍める。かの母君は、さはることありて、このたびは、ひとりものし給ふめれば、かくおはしますとも、何かはものし侍らむとて」
――いつも往き帰りの中宿りに、浮舟がこうして親しく立ち寄られますのも、亡くなられた(お父上の)八の宮の御跡をお尋ね申すからでございましょう。浮舟の母親は差支えがあって、今日はお一人でお出でですので、こうして貴方様がお見えになっておいでになることも、別にお知らせしないでもと存じまして――
と申し上げます。薫が、
「田舎びたる人どもに、しのびやつれたるありきも見えじとて、口かためつれど、いかがあらむ。下衆どもは隠れあらじかし。さていかがすべき。ひとりものすらむこそなかなか心やすかなれ。かく契り深くてなむ参り来あひたる、と伝へ給へかし」
――(浮舟の侍女や、供人を指す)田舎びた人たちには、このような微行姿(しのびすがた)を見られたくないと思って、邸内の人々には口止めをしたが、どうだろうか。下々の者どもには隠しおおせないだろう、さて、どうしたものか。浮舟が一人で来られたのは、却って気楽というものです。このように二人の宿縁が深ければこそ、参り合わせたのです、と、あちらへ伝えてください――
と言いますと、弁の君は、
「『うちつけに、いつの程なる御契りにかは』と、うち笑ひて、『さらば、しか伝へ侍らむ』とて入るに」
――「だしぬけに、いったいいつの間に出来た御宿縁でしょう」と笑いながらも、「では、そのように申しつたえましょう」と言って、出て行きました。
そのときの、薫の歌、
「かほ鳥の声も聞きしにかよふやとしげみをわけて今日ぞ尋ぬる」
――浮舟の御顔も御声も、かつての大君に似通っているかと、草の繁みを分けて、今日こそお目にかかりたいものです――
と、ほんの口ずさむようにおっしゃったのを、弁の君は奥に入って浮舟にお話になったとか。
◆四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 終わり。
では11/23に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(90)
弁の尼君が、
「しか仰せごと侍りしのちは、さるべきついで侍らば、と待ち侍りしに、去年は過ぎて、この二月になむ、初瀬詣でのたよりに対面して侍りし。かの母君に、おぼしめしたるさまはほのめかし侍りしかば、『いとかたはらいたく、かたじけなき御よそへにこそは侍るなれ』などなむ侍りしかど、そのころほひは、のどやかにもおはしまさず、とうけたまはりし、折、便なく思ひ給へつつみて、かくなむ、ともきこえさせ侍らざりしを、またこの月にも詣でて、今日帰り給ふなめり」
――(貴方様から)そのようにお言葉を承りました後は、適当な機会がありますならば、と待っておりましたところ、去年は過ぎてしまい、この二月に浮舟が初瀬詣でをされましたついでに対面しまして、あの方の母君に、貴方様がお考えになっておられます御趣旨を、それとなくお伝えしましたところ、母君は、「浮舟を大君におなぞらえとは、まことにまあ、畏れ多く勿体ないことでございます」などと申しておりましたが、その頃は貴方様の方が、(女二の宮との御結婚のことで)何やらお取り込み中のように承りましたので、時期が悪いとご遠慮申し上げ、そのこともお知らせ申し上げずにおりました。そのうちに、またこの月にもお参りなさいまして、今日がお帰りのようでございます――
「行き帰りの中宿りには、かく睦びらるるも、ただ過ぎにし御けはひをたづねきこゆるゆゑになむ侍める。かの母君は、さはることありて、このたびは、ひとりものし給ふめれば、かくおはしますとも、何かはものし侍らむとて」
――いつも往き帰りの中宿りに、浮舟がこうして親しく立ち寄られますのも、亡くなられた(お父上の)八の宮の御跡をお尋ね申すからでございましょう。浮舟の母親は差支えがあって、今日はお一人でお出でですので、こうして貴方様がお見えになっておいでになることも、別にお知らせしないでもと存じまして――
と申し上げます。薫が、
「田舎びたる人どもに、しのびやつれたるありきも見えじとて、口かためつれど、いかがあらむ。下衆どもは隠れあらじかし。さていかがすべき。ひとりものすらむこそなかなか心やすかなれ。かく契り深くてなむ参り来あひたる、と伝へ給へかし」
――(浮舟の侍女や、供人を指す)田舎びた人たちには、このような微行姿(しのびすがた)を見られたくないと思って、邸内の人々には口止めをしたが、どうだろうか。下々の者どもには隠しおおせないだろう、さて、どうしたものか。浮舟が一人で来られたのは、却って気楽というものです。このように二人の宿縁が深ければこそ、参り合わせたのです、と、あちらへ伝えてください――
と言いますと、弁の君は、
「『うちつけに、いつの程なる御契りにかは』と、うち笑ひて、『さらば、しか伝へ侍らむ』とて入るに」
――「だしぬけに、いったいいつの間に出来た御宿縁でしょう」と笑いながらも、「では、そのように申しつたえましょう」と言って、出て行きました。
そのときの、薫の歌、
「かほ鳥の声も聞きしにかよふやとしげみをわけて今日ぞ尋ぬる」
――浮舟の御顔も御声も、かつての大君に似通っているかと、草の繁みを分けて、今日こそお目にかかりたいものです――
と、ほんの口ずさむようにおっしゃったのを、弁の君は奥に入って浮舟にお話になったとか。
◆四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 終わり。
では11/23に。