永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1082)

2012年03月15日 | Weblog
2012. 3/15     1082

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(53)

 弁の君は、面倒なことだ、どういうおつもりかしら、とは思いますものの、大将殿は思慮もなく軽はずみなことは決してなさらないご性質ではありますし、ご自身のためにも、世間体としても、差し障ることは慎まれるに違いないと思って、

「さらば承りぬ。近き程にこそ。御文などを見せさせ給へかし。ふりはへさかしらめきて、心しらひのやうに思はれ侍らむも、今更に伊賀姥にや、と、つつましくてなむ」
――それでは承知いたしました。浮舟の隠れ家はあなた様の御邸(三条宮)に近い所でございますよ。あらかじめ御文などをおやりくださいませ。私が殊更利口ぶって、進んでお取り持ちでもするように思われますのも、今更伊賀姥(いがたうめ)の類になりはせぬかと恥かしうございます――

 と申し上げます。薫は、

「文はやすかるべきを、人の物言ひいとうたてあるものなれば、『右大将は、常陸の守の女をなむよばふなる』なども、とりなしてむをや。その守のぬし、いと荒々しげなめり」とのたまへば、うち笑ひて、いとほし、と思ふ」
――文をやるのは容易いことだが、人の口ははなはだうるさいものだから、「薫右大将は常陸の介風情の娘に求婚するそうだ」などと取り沙汰されかねない。その常陸の介とやらは、気の荒い男というではないか。とおっしゃるので、尼君は笑いながら、細かい心遣いをなさる薫をおいたわしいと思うのでした――

 暗くなりましたので、薫は山荘をお出ましになります。

「下草のをかしき花ども、紅葉など折らせ給ひて、宮に御らんぜさせ給ふ」
――木の下草の風情ある花々や紅葉を折らせて、女二の宮へのお土産になさいます――

「かひなからずおはしぬべけれど、かしこまり置きたる様にて、いたうも馴れきこえ給はずぞあめる。内裏より、ただの親めきて、入道の宮にもきこえ給へば、いとやむごとなき方はかぎりなく思ひきこえ給へり。こなたかなたとかしづききこえ給ふ宮仕へに添へて、むつかしき私の心添ひたるも、苦しかりけり」
――(薫の御態度は)女二の宮に対して、決してよそよそしいというのではありませんが、薫がもっぱら敬いあがめておいでのご様子で、お二人はあまり打ち解けてはおられないようです。帝から普通の親のように、女三宮(薫の母君)にもお頼み申されますので、ただただこの上もない正夫人としてお扱い申し上げています。こうしてあちらこちらへの気遣いに加えて、この度また煩わしい浮舟への恋心が添うてきましたのは、何とも気苦労なことです――

◆ふりはへさかしらめきて=(ふりはへ=わざわざ、ことさらに)(さかしら=賢い)=ことさらに利口ぶって

◆伊賀姥(いがたうめ)=伊賀のキツネで、キツネは人を化かす

では3/17に。