永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1085)

2012年03月21日 | Weblog
2012. 3/21     1085

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(56)

「宿直人のあやしき声したる、夜行うちして、『家の辰巳の隅のくづれいとあやふし。この、人の御車入るべくは、引き入れて御門さしてよ。かかる、人の供人こそ、心はうたてあれ』など言ひ合へるも、むくむくしく聞きならはぬ心地し給ふ。『佐野のわたりに家もあらなくに』など口ずさびて、鄙びたる簀子の端つ方に居給へり」
――宿直人(とのいびと)の妙に東国訛りのある者が夜回りをして、「家の東南の隅の崩れた所がはなはだ不用心です。この御車は入れるものなら入れてしまって、ご門を閉めてくださいよ。こういうお客は実際気が利かないものだ」などと言い合っているのも、薫のお心には気味悪く、耳馴れない心地がなさいます。「佐野のわたりに家もあらなくに。困った雨だ」などと、小声で口ずさんで、鄙びた簀子(すのこ)の端の方に座っておいでになります――

薫の歌「さしたむるむぐらやしげき東屋のあまりほどふる雨そそぎかな」
――(歌)出入りを塞ぐ葎(むぐら)が繁ってでもいるのでしょうか。家の戸口で私はあまりにも長く、降り注ぐ雨を受けて待つことですね――

 と、降りかかる雨をちょっと掃われますと、その袖の香が風に乗って、芳しく漂いますので、東国育ちの田舎人たちも、さぞ驚いたことでしょう。

「とざまかうざまにきこえのがれむ方なければ、南の廂に御座引きつくろひて、入れたてまつる。心やすくしも対面し給はぬを、これから押し出でたり」
――何やかやと口実を設けて薫をお帰し申すすべもありませんので、南の廂の間に御座所をご用意してお入れ申し上げます。浮舟がなかなか気軽にはお逢いになろうとなさらないので、女房たちが無理やりにそちらへ押し出してさしあげます――

「遣戸といふもの鎖して、いささか開けたれば、『飛騨の匠もうらめしき隔てかな。かかる物の外には、まだ居ならはず』と憂へ給ひて、いかがし給ひけむ、入り給ひぬ。
――遣戸というものを間に立てて、お話ができるようにほんの少し開けてあります。「作った飛騨の匠さえ、恨めしい仕切りですね。こういう隔ての外に座らせられたことなど、まだありません」と愚痴をこぼしていらっしゃいましたが、どうしたものか、いつの間にか滑り入ってしまわれました――

では3/23に。