永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1089)

2012年03月29日 | Weblog
2012. 3/29     1089

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(60)

「おはし着きて、あはれ亡き魂ややどりて見給ふらむ、誰によりて、かくすずろに惑ひありくものにもあらなくに、と思ひ続け給ひて、下りてはすこし心しらひて立ち去り給へり」
――宇治にお着きになると、ああ、亡き大君の魂がここに宿っていて、このさまをご覧になっておいでだろうか、いったい、他の誰のために自分はこうしてあてもなくさまよい歩くのか、みな大君恋しさのためなのに、と思い続けられて、車を下りますと、少し亡き御方へのお心遣いから、しばらく浮舟の側を立ち去られたのでした――

「女は、母君の思ひ給はむことなど、いと歎かしけれど、艶なるさまに、心深くあはれにかたらひ給ふに、思ひなぐさめて下りぬ。尼君はことさらに下りで、廊にぞ寄するを、わざと思ふべき住ひにもあらぬを、用意こそあまりなれ、と見給ふ」
――女君(浮舟)は、母君がどうお思いになられることかと、溜息も出ますが、薫がいかにも雅やかに思いやり深く、しんみりと話しかけてくださるので、心を慰めて車から下ります。尼君はわざとこちらには降りずに、廊の方へ車を寄せましたので、薫は、わざわざそんな注意をする程の住居でもないのに、弁の君の心遣いは遠慮が過ぎるとご覧になります――

 近くの薫の荘園から、例によって手伝いの人々が大勢集まって来ます。浮舟へのお食膳は尼君の方から差し上げます。道中はこんもりと木深かったけれども、ここは広々としていて、今までの憂欝さもすっかり紛れるような気がしますが、

「いかにもてない給はむとするにか、と、浮きてあやしう覚ゆ」
――(浮舟は)薫の君は私をいったいどうなさるおつもりかしら、と、不安で落ち着かないのでした――

 薫は、京に御文をお書きになります。

「なりあはぬ仏の御飾りなど見給へおきて、今日よろしき日なりければ、いそぎものし侍りて、みだり心地のなやましきに、物忌なりけるを思う給へ出でてなむ、今日明日ここにてつつしみ侍るべき、など、母宮にも姫宮にもきこえ給ふ」
――まだ出来上がらない仏像の御飾りなどを先日見ておきまして、今日は日柄もよいので急に思い立って検分に参りました。ところが気分がよくありません上に、物忌だったことを思い出しまして、今日明日はこちらにて謹慎していようと存じます、などと、母の女三宮へと、北の方の女二の宮へお便りを差し上げます――


◆女は=おんなは、の表現で、昨夜は薫との間に実事があったことを示す。女君も同じ。

では3/31に。