永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1166)

2012年10月17日 | Weblog
2012. 10/17    1166

五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その6

侍従の話がつづきます。

「『日ごろいといみじくものを思し入るまりしかば、かの殿の、わづらはしげに、ほのめかしきこえ給ふことなどもありき。御母にものし給ふ人も、かくののしる乳母なども、はじめより知りそめたりし方にわたり給はむ、となむいそぎ立ちて、この御ことをば、人知れぬさまにのみ、かたじけなくあはれと思ひきこえさせ給へりしに、御心みだれけるなるべし。あさましう、心と、身を亡くなし給へるやうなれば、かく心のまどひに、ひがひがしく言ひつづけらるるなめり』とさすがにまほならずほのめかす」
――「(姫君は)この頃ずっと物思いに沈んでいらっしゃいましたところへ、大将殿(薫)が、匂宮との事を、煩わしいばかりあれこれと仄めかして言ってお寄こしになりましたこともございました。母君にあたるお方も、ああして物狂おしく泣き騒ぐ乳母なども、はじめから御縁のありました御方の許に引き移られるものと、そのお積りで準備をなさっておいででした。宮様とのことは、ただ心密かに、勿体なく、慕わしい御方とお思い申しておられましたので、お心が狂わしくなったのでございましょう。情けないことですが、どうも自らお命を落とされたようですので、私どもはこうして気も転倒しておりまして、乳母はあのように妙な事も言い続けているのでございましょう」と、それでもさすがに、あからさまでは無く、仄めかして言うのでした――

「心得がたく思ひて、『さらば、のどかに参らむ。立ちながら侍るも、いとことそぎたるやうなり。今御むづからもおはしましなむ』と言へば」
――(時方は)「まだ納得しがたい気がして、「では、またいずれ、ゆっくり伺いましょう。立ったままでお話していても、まことに失礼なようです。そのうち匂宮御自身もお見えになりましょう」と言いますと――

「『あなかたじけな。今更に人の知りきこえさせむも、亡き御ためは、なかなかめでたき御宿世見ゆべきことなれど、忍び給ひしことなれば、また漏らさせ給はでやませ給はむなむ御志に侍るべき』ここには、かく世づかず亡せ給へる由を、人に聞かせじ、と、よろづにまぎらはすを、自然にことどものけしきもこそ見ゆれ、と思へば、かくそそのかしやりつ」
――(侍従は)「まあ、何という勿体ない事を。今となって宮様との秘密を、人が知るようになりますのも、亡き姫君のためには却って名誉な御運とも見えましょうが、姫君御自身が秘めておいでになったことですから、宮様もこのままお漏らしにならずに済ませてくださるのが、御親切というものでしょう」と言いながら、(侍従は心の中で)この邸では、こうして普通でなく亡くなられた由を世間に聞かせまいとして、あれこれ工面するものを、時方に長居されては、うっかり事の様子があからさまになってしまうだろうと思って、とにかく急きたてて帰らせました――

「雨のいみじかりつるまぎれに、母君もわたり給へり。さらに言はむかたもなく、『目の前に亡くなしたらむ悲しさは、いみじうとも、世の常にて、たぐひあることなり。これはいかにしつることぞ』とまどふ」
――雨のひどく降るのに紛れて、母君も宇治に来られました。今更口にする言葉もないほどの嘆きようで、「目の前で愛しい子を亡くしてしまった悲しさは、どんなに辛い事だと言っても、人の世の常で、他にも例のあることです。しかしこれはいったい何としたことか」と泣き惑うのでした――

では10/19に。