2013. 5/15 1254
五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その46
「かひなきことも言はむとてものしたりけるを、紅葉のいとおもしろく、ほかの紅に染めましたる色々なれば、入り来るよりぞものあはれなりける」
――言っても甲斐のない浮舟への想いを、せめて繰り言ででも語ろうと訪ねて来たのですが、こちらの紅葉の色がたいそう美しく、他所の山よりもひとしお色濃く見えましたので、分け入って来る早々、感に堪えないあはれをもよおすのでした――
「ここにいと心地よげなる人を見つけたらば、あやしくぞ覚ゆべき、など思ひて、『暇ありて、つれづれなる心地し侍るに、紅葉もいかにと思う給へてなむ。なほ立ちかへり旅寝もしつべき木のもとにこそ』とて、見出だし給へり」
――このような所に大そう陽気そうな女を見出したなら、さぞかしちぐなぐな気がするにちがいない、などと思い感に堪えない様子で、「毎日、暇をもてあましてつれづれですので、紅葉の色もいかがと存じまして、やはり昔に立ち返って、旅寝をしたいような、こちらの美しい木陰ですね」と、外の景色を見やっておいでになります――
「尼君、例の、涙もろにて、『木枯らしの吹きにし山のふもとにはたち隠るべきかげだにぞなき』とのたまへば、『まつ人もあらじと思ふ山里のこずゑを見つつなほぞ過ぎうき』
――尼君が、いつものとおり涙もろく、(歌)「木枯らしが吹き散らした、娘も亡く姫君も出家してしまったこの山里には、あなたのお泊まりになる木陰さえございません」とおっしゃると、中将の返歌、「今は私を待ってくれる人も居ないと分かっていても、やはり思い出深いこの山里は、そのまま通り過ぎることができません」
「いふかいひなき人の御ことを、なほつきせずのたまひて、『さまかはり給へらむさまを、いささか見せ給へよ』と、少将の尼にのたまふ。『それをだに、契りししるしにせよ』と責め給へば、入りて見るに、ことさらにも人に見せまほしきさましてぞおはする」
――今更言っても甲斐のない人(浮舟)のことを、なおも尽きせずおっしゃって、「尼姿におなりになったところを、少しでもいいですから見せてください」と少将の尼にせがむのでした。「いつぞやの約束もあったことですし、せめてその位のことは、よいでしょう」としきりにお責めになりますので、少将の尼が奥に入ってみますと、浮舟は、殊更にも人にお見せしたいようなお姿でいらっしゃる――
では5/17に。
五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その46
「かひなきことも言はむとてものしたりけるを、紅葉のいとおもしろく、ほかの紅に染めましたる色々なれば、入り来るよりぞものあはれなりける」
――言っても甲斐のない浮舟への想いを、せめて繰り言ででも語ろうと訪ねて来たのですが、こちらの紅葉の色がたいそう美しく、他所の山よりもひとしお色濃く見えましたので、分け入って来る早々、感に堪えないあはれをもよおすのでした――
「ここにいと心地よげなる人を見つけたらば、あやしくぞ覚ゆべき、など思ひて、『暇ありて、つれづれなる心地し侍るに、紅葉もいかにと思う給へてなむ。なほ立ちかへり旅寝もしつべき木のもとにこそ』とて、見出だし給へり」
――このような所に大そう陽気そうな女を見出したなら、さぞかしちぐなぐな気がするにちがいない、などと思い感に堪えない様子で、「毎日、暇をもてあましてつれづれですので、紅葉の色もいかがと存じまして、やはり昔に立ち返って、旅寝をしたいような、こちらの美しい木陰ですね」と、外の景色を見やっておいでになります――
「尼君、例の、涙もろにて、『木枯らしの吹きにし山のふもとにはたち隠るべきかげだにぞなき』とのたまへば、『まつ人もあらじと思ふ山里のこずゑを見つつなほぞ過ぎうき』
――尼君が、いつものとおり涙もろく、(歌)「木枯らしが吹き散らした、娘も亡く姫君も出家してしまったこの山里には、あなたのお泊まりになる木陰さえございません」とおっしゃると、中将の返歌、「今は私を待ってくれる人も居ないと分かっていても、やはり思い出深いこの山里は、そのまま通り過ぎることができません」
「いふかいひなき人の御ことを、なほつきせずのたまひて、『さまかはり給へらむさまを、いささか見せ給へよ』と、少将の尼にのたまふ。『それをだに、契りししるしにせよ』と責め給へば、入りて見るに、ことさらにも人に見せまほしきさましてぞおはする」
――今更言っても甲斐のない人(浮舟)のことを、なおも尽きせずおっしゃって、「尼姿におなりになったところを、少しでもいいですから見せてください」と少将の尼にせがむのでした。「いつぞやの約束もあったことですし、せめてその位のことは、よいでしょう」としきりにお責めになりますので、少将の尼が奥に入ってみますと、浮舟は、殊更にも人にお見せしたいようなお姿でいらっしゃる――
では5/17に。