永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(11)(12)

2015年04月07日 | Weblog
蜻蛉日記  上巻 (11)

「正月ばかりに、二三日見えぬほどに、ものへ渡らぬとて、『人来ば、取らせよ』とて、書きおきたる、
<しられねば身を鶯のふりいでつつ鳴きてこそゆけ野にも山にも>
返りごとあり、
<鶯のあだに出ゆかん山辺にも鳴く声聞かば尋ぬばかりぞ>
など言ふころより、なほもあるぬことありて、春夏なやみくらして八月つごもりにとかうものしつ。そのほどの心ばへはしもねんごろなるやうなりけり。」
――正月ごろ、二三日あの人の訪れがなく、(物忌み)他所へ行くことになったので、「あの人が来たら、お見せして」といって書き置いたもの、
(道綱母の歌)「あなたの訪れがないので、深山の谷の鶯のように、鳴き声をあげて野にも山にもさまよい出ていきます」
その返事に、
(兼家歌)「鶯が山辺をさして浮かれ出て行こうと、私はどこまでも探しに行くまでのことだ」
などと言い交わしている頃より、私の体も普通ではない、つわりで春から夏にひどく苦しく、八月の末に長男(道綱)の出産がありました。その間のあの人の心配りはたいそう懇ろではありました――


蜻蛉日記  上巻 (12)

「さて九月ばかりになりて、出でにたるほどに、箱のあるを手まさぐりにあけて見れば、人のもとにやらんとしける文あり。あさましさに、見てけりとだに知られんとおもひて書きつく。
<うたがはしほかにわたせる文みればここやとだえにならんとすらん>
など思ふほどに、むべなう十月つごもりがたに三夜しきりて見えぬときあり。つれなうて、『しばし心みるほどに』など、けしきあり。
――さて、九月ごろのある日、あの人が帰ったあとで、置いてある文箱を手なぐさみに開けてみると、他の女に渡そうとした文がありました。あまりにもひどいと、せめて見てしまったとだけでも言ってやりたいと思って、その文に書き付けたのでした。
(道綱母の歌)「あやしいこと。他の女に送ろうとした手紙を見たからには、もう私の処は、
もうお見かぎりのおつもりでしょうか」
などということがあって、案の定、十月の末あたりに三日つづけて訪れのない日がありました。あの人は何食わぬ様子で、「しばらくあなたの心を試そうと思ってね(行かないのだ)」などと、行ってよこすのでした。――


■なほもあらぬこと=普通でないこと。懐妊によるつわりか。

■とかうものしつ=なんとかかんとかして=出産の婉曲表現。道綱誕生。

■三夜しきりて=他の女との婚姻あり。そちらへ三日つづけて通ったため、訪れがなかった。