永子の窓

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蜻蛉日記を読んできて(14)

2015年04月17日 | Weblog
蜻蛉日記  上巻 (14)  2015.4.17

「年かへりて、三月ばかりにもなりぬ。桃の花などやとりまうけたりけん、待つに見えず。いま一方も、例はたち去らぬ心ちに、今日ぞ見えぬ。」
――翌年になって三月ごろになり、桃の花などを取り揃えて待っていましたが、あの人は見えません。もう一方(道綱母と同居の姉の夫で藤原為雅か)も、いつもはしょっちゅう来ているのに、今日は見えないのでした――


「さて四日のつとめてぞみな見えたる。昨夜より待ち暮らしたるものども、『なほあるよりは』とて、こなたかなた取り出でたり。心ざしありし花を折りて、うちの方よりあるを見れば、心ただにしもあらで、手習ひにしたり。」
――そうして四日になって二人とも見えました。昨夜より待ち暮らしてした侍女たちが、「なにもしないよりは」と言って、あちらこちらから桃の花を取り揃えました。用意していた桃の花を折って、兼家が内裏の方角からやって来たのを知ると(町の小路の女の家も内裏の方角ゆえ、そこから来たのだと)むしゃくしゃして、手習いに使ってしまいました――


「<待つほどの昨日すぎにし花の枝は今日をることぞかひなかりける>
と書きて、よしやにくきにと思ひて隠しつる気色をみて、奪いとりて返ししたり。
<三千年を見つべき身には年ごとにすくにもあらぬ花としらせん>
とあるを、いま一方にも聞きて、
<花によりすくてふことのゆゆしきによそながらにて暮してしなり>
――(道綱母の歌)「待っていた昨日が過ぎてしまった桃の花枝は、今日折っても何の甲斐もありません」(「過ぎ」に「好き」をかけて、兼家の浮気をとがめる)
と、まあなんと憎らしいと思って書いたこの歌を隠した私の様子をみて、あの人は奪い取って見て、返歌をしたのは、
(兼家の歌)「末長く連れ添う私ゆえ、あなたのもとで桃の節句を祝えない年もあることを知ってほしものだ」(三千年に一度実がなるという西王母の桃の故事による。)
と言ったのを、姉の夫も聞いて、
(姉の夫の歌)「桃の花を酒に浮かべて飲(す)くというのは、浮気をする(好く)という連想が不吉なので、昨日は訪れなかったのですよ」――