蜻蛉日記 上巻 (15) 2015.4.20
「かくて、いまは、この町の小路にわざと色に出でにたり。本つ人だにあやしう、くやしと思ひげなる時がちなり。いふかたなうこころ憂しとおもへども、なにわざをかはせん。」
――こうして、もう今はこの町の小路の女のところへ、何の遠慮もなく出かけて行っています。もとからの方(最初の妻となっている時姫)さえも、どうしたことか、後悔しはじめているようで、もう何とも言えずつらいことですが、どうしようもありません――
「この、いま一方の出で入りするを見つつあるに、いまは心やすかるべき所へとて、ゐてわたす。とまる人まして心ぼそし。『かげも見えがたかべいこと』など、まめやかにかしうなりて、車よするほどにかく言ひやる。
<などかかるなげきは繁さまさりつつ人のみかかる宿となるらん>
――我が家では、姉のところへ通ってくる夫(為雅)を、よそながら眺め暮していましたが、今は気兼ねのないところへ移ろうと、姉を連れて出ていくことになりました。ここに一人留まる
私は本当に心細いことかぎりもありません。「これからは、たまにでもお目にかかることが難しいことだ」と心底悲しくなって、車を寄せたときにこう申したのでした。
(道綱母の歌)「どうして嘆きが増すばかりで、この家から人が次々と遠のいていくのでしょう」
「返りごとは、男ぞしたる。
<おもうてふわが言の葉をあだ人の繁きなげきにそへてうらむな>
など言ひおきて、みな渡りぬ。思ひしもしるくただひとり、臥し起きす。」
――返歌は、姉の夫で、
(姉の夫の歌)「この家を離れてもあなたのことは忘れないという私の言葉を、浮気者(兼家)の言葉と同じようにみないで、お恨みなさいますな」
などと、言い置いて、みな行ってしまいました。それからはたった一人でこの家に暮すことになったのでした。――
「かくて、いまは、この町の小路にわざと色に出でにたり。本つ人だにあやしう、くやしと思ひげなる時がちなり。いふかたなうこころ憂しとおもへども、なにわざをかはせん。」
――こうして、もう今はこの町の小路の女のところへ、何の遠慮もなく出かけて行っています。もとからの方(最初の妻となっている時姫)さえも、どうしたことか、後悔しはじめているようで、もう何とも言えずつらいことですが、どうしようもありません――
「この、いま一方の出で入りするを見つつあるに、いまは心やすかるべき所へとて、ゐてわたす。とまる人まして心ぼそし。『かげも見えがたかべいこと』など、まめやかにかしうなりて、車よするほどにかく言ひやる。
<などかかるなげきは繁さまさりつつ人のみかかる宿となるらん>
――我が家では、姉のところへ通ってくる夫(為雅)を、よそながら眺め暮していましたが、今は気兼ねのないところへ移ろうと、姉を連れて出ていくことになりました。ここに一人留まる
私は本当に心細いことかぎりもありません。「これからは、たまにでもお目にかかることが難しいことだ」と心底悲しくなって、車を寄せたときにこう申したのでした。
(道綱母の歌)「どうして嘆きが増すばかりで、この家から人が次々と遠のいていくのでしょう」
「返りごとは、男ぞしたる。
<おもうてふわが言の葉をあだ人の繁きなげきにそへてうらむな>
など言ひおきて、みな渡りぬ。思ひしもしるくただひとり、臥し起きす。」
――返歌は、姉の夫で、
(姉の夫の歌)「この家を離れてもあなたのことは忘れないという私の言葉を、浮気者(兼家)の言葉と同じようにみないで、お恨みなさいますな」
などと、言い置いて、みな行ってしまいました。それからはたった一人でこの家に暮すことになったのでした。――