蜻蛉日記 中卷 (133) 2016.7.9
「またの日も昼つ方、ここなるに文あり。『御迎へにもと思ひしかども、心の御ありきにもあらざりければ、便なくおぼえてなん。例のところにか、只今ものす』などあれば、人々『はや はや』とそそのかして渡りたれば、すなはちと見えたり。かうしもあるは、昔のことをたとしへなく思ひ出づらんとてなるべし。」
◆◆次の日も昼ごろ、父の邸にいると、あの人から手紙がきました。「お迎えにでもと思ったが、あなたの心のままの旅ではなかったので、具合が悪いと思ってね。いつもの家に帰っているか。今すぐに行く」などと書いてあるので、侍女たちが、「早く、早く」と急き立てるので帰ってみると、すぐに見えました。こんな風にしてくれるのは、私が昔のことを思い出して(兼家と楽しかった旅)悲しい気持ちになっているだろうと、察してなのだろう。◆◆
「つとめては、『還饗のちかくなりたれば』など、つきづきしう言ひなしつ。朝のかごとがちになりにたるも、今さらにと思へばかなしうなん。」
◆◆翌朝には、あの人は「還饗(かへりあるじ)が近くなって忙しいので」のどと、もっともらしいことを言って帰っていきました。あれこれ言い訳をして帰ることが多くなったのも、「今さらにいい加減な言葉だと思うものの、今となってはそれを信じるほかはない私です」の古歌のとおりだと思うと悲しくてならない。◆◆
■還饗(かへりあるじ)=相撲(すまい)の還饗(かへりあるじ)で、相撲の節会の後、近衛大将がそれぞれ、部下や関係者を私邸に招いて饗応をする。兼家はこの時右大将。ここは7月の末。
■今さらに=古今集「いつはりと思ふものから今さらに誰がまことをか我は頼まむ」による。
「またの日も昼つ方、ここなるに文あり。『御迎へにもと思ひしかども、心の御ありきにもあらざりければ、便なくおぼえてなん。例のところにか、只今ものす』などあれば、人々『はや はや』とそそのかして渡りたれば、すなはちと見えたり。かうしもあるは、昔のことをたとしへなく思ひ出づらんとてなるべし。」
◆◆次の日も昼ごろ、父の邸にいると、あの人から手紙がきました。「お迎えにでもと思ったが、あなたの心のままの旅ではなかったので、具合が悪いと思ってね。いつもの家に帰っているか。今すぐに行く」などと書いてあるので、侍女たちが、「早く、早く」と急き立てるので帰ってみると、すぐに見えました。こんな風にしてくれるのは、私が昔のことを思い出して(兼家と楽しかった旅)悲しい気持ちになっているだろうと、察してなのだろう。◆◆
「つとめては、『還饗のちかくなりたれば』など、つきづきしう言ひなしつ。朝のかごとがちになりにたるも、今さらにと思へばかなしうなん。」
◆◆翌朝には、あの人は「還饗(かへりあるじ)が近くなって忙しいので」のどと、もっともらしいことを言って帰っていきました。あれこれ言い訳をして帰ることが多くなったのも、「今さらにいい加減な言葉だと思うものの、今となってはそれを信じるほかはない私です」の古歌のとおりだと思うと悲しくてならない。◆◆
■還饗(かへりあるじ)=相撲(すまい)の還饗(かへりあるじ)で、相撲の節会の後、近衛大将がそれぞれ、部下や関係者を私邸に招いて饗応をする。兼家はこの時右大将。ここは7月の末。
■今さらに=古今集「いつはりと思ふものから今さらに誰がまことをか我は頼まむ」による。