蜻蛉日記 中卷 (134) 2016.7.12
「八月といふは明日になりにたれば、それより四日、例の物忌みとか、あきて、二度ばかり見えたり。還饗は果てて、『いと深き山寺に修法せさすとて』など聞く。三四日になりぬれど音なくて、雨いといたく降る日、『心ぼそげなる山住みは人とふものとこそききしか、さらぬはつらき物といふ人もあり』とある返りごとに、『きこゆべきものとは人よりさきに思ひよりながら、ものと知らせとてなん。露けさは名残しもあらじと思う給ふれば、よその雲むらもあいなくなん』とものしけり。またもたち返りなどあり。」
◆◆八月と呼ばれるのは、明日になったところで、それからの四日間は、いつものように物忌みとかで、それが済んで二度ほど見えました。還饗(かえりあるじ)が終わって、「山奥の寺で祈祷をさせるのだとか」を聞きました。三、四日過ぎたけれど音沙汰がなく、雨がひどく降る日に、「心細そうな山寺住いのときは、人を見舞うものと聞いていたが、見舞ってもらえないのは辛いものだと嘆いている人がいるよ」と手紙があって、その返事に、「お見舞いすべきものとは、誰よりも先に存じておりますが、その辛さを思い知って頂きたく存じまして。毎日泣きの涙で過ごし、もう涙は一滴も残っていまいと存じますので、『よそのむらくも』同様、すっかりお見限りで、もうあなたを思って泣くこともないはずですのに、どうしたものか涙ばかり流れてまいりまして」と言ってやりました。またまた折り返し手紙がきました。◆◆
「さて三日ばかりのほどに、『今日なん』とて、夜さり見えたり。つねにしも、いかなる心のえ思ひあへずなりにたれば、われはつれなければ、人はた罪もなきやうにて、七八日のほどにぞわづかに通ひたる。」
◆◆さて、その後三日ほどして、「今日、下山した」といって、その夜見えました。いつも一体どんな気持ちでいるのか分らない人なので、私は冷たい態度でいると、あの人はまるで自分のどこが悪いのかという顔をして、七、八日ごとに、わずかながら通って来るのでした。◆◆
■よそのむらくも=今ははや移ろいにけむ木の葉ゆゑよその雲むらなにしぐるらむ(元良親王集より)
「八月といふは明日になりにたれば、それより四日、例の物忌みとか、あきて、二度ばかり見えたり。還饗は果てて、『いと深き山寺に修法せさすとて』など聞く。三四日になりぬれど音なくて、雨いといたく降る日、『心ぼそげなる山住みは人とふものとこそききしか、さらぬはつらき物といふ人もあり』とある返りごとに、『きこゆべきものとは人よりさきに思ひよりながら、ものと知らせとてなん。露けさは名残しもあらじと思う給ふれば、よその雲むらもあいなくなん』とものしけり。またもたち返りなどあり。」
◆◆八月と呼ばれるのは、明日になったところで、それからの四日間は、いつものように物忌みとかで、それが済んで二度ほど見えました。還饗(かえりあるじ)が終わって、「山奥の寺で祈祷をさせるのだとか」を聞きました。三、四日過ぎたけれど音沙汰がなく、雨がひどく降る日に、「心細そうな山寺住いのときは、人を見舞うものと聞いていたが、見舞ってもらえないのは辛いものだと嘆いている人がいるよ」と手紙があって、その返事に、「お見舞いすべきものとは、誰よりも先に存じておりますが、その辛さを思い知って頂きたく存じまして。毎日泣きの涙で過ごし、もう涙は一滴も残っていまいと存じますので、『よそのむらくも』同様、すっかりお見限りで、もうあなたを思って泣くこともないはずですのに、どうしたものか涙ばかり流れてまいりまして」と言ってやりました。またまた折り返し手紙がきました。◆◆
「さて三日ばかりのほどに、『今日なん』とて、夜さり見えたり。つねにしも、いかなる心のえ思ひあへずなりにたれば、われはつれなければ、人はた罪もなきやうにて、七八日のほどにぞわづかに通ひたる。」
◆◆さて、その後三日ほどして、「今日、下山した」といって、その夜見えました。いつも一体どんな気持ちでいるのか分らない人なので、私は冷たい態度でいると、あの人はまるで自分のどこが悪いのかという顔をして、七、八日ごとに、わずかながら通って来るのでした。◆◆
■よそのむらくも=今ははや移ろいにけむ木の葉ゆゑよその雲むらなにしぐるらむ(元良親王集より)