蜻蛉日記 下巻 (201) 2017.7.1
「八月になりぬ。この世の中は皰瘡おこりてののしる。二十日のほどにこのわたりにも来にたり。助いふかたなく重くわづらふ。いかがはせんとて、こと絶えたるひとにも告ぐばかりあるに、わが心ちはまいてせんかたしらず。さいひてやはとて、文して告げたれば、返りごといとあららかにてあり。さては言葉にてぞ『いかに』と言はせたる。さるまじき人だにぞ来とぶらふめると見る心ちぞ添ひて、ただならざりける。右馬頭もおもなくしばしばとひ給ふ。」
◆◆八月になりました。世間では天然痘の流行で大騒ぎです。二十日のころにこの辺にも広がってきました。助が言いようもないほど重く罹ってしまいました。どうしたものかと思ったが音信の絶えた人(兼家)に知らせねばならぬと思うほどで、私はどうしてよいか途方にくれてしまったのでした。そうも言っておられぬと手紙で知らせますと、返事はひどくそっけない。そのほかにただ口上で、「どんな容態か」と使いに言わせただけ。それほど懇意でない人でさえも見舞いに来てくれているのに、と思う心も手伝ってなんともやりきれない気持ちです。右馬頭も合わせる顔がないと思うのに、たびたび見舞ってくださる。◆◆
■皰瘡(もがさ)=天然痘
「八月になりぬ。この世の中は皰瘡おこりてののしる。二十日のほどにこのわたりにも来にたり。助いふかたなく重くわづらふ。いかがはせんとて、こと絶えたるひとにも告ぐばかりあるに、わが心ちはまいてせんかたしらず。さいひてやはとて、文して告げたれば、返りごといとあららかにてあり。さては言葉にてぞ『いかに』と言はせたる。さるまじき人だにぞ来とぶらふめると見る心ちぞ添ひて、ただならざりける。右馬頭もおもなくしばしばとひ給ふ。」
◆◆八月になりました。世間では天然痘の流行で大騒ぎです。二十日のころにこの辺にも広がってきました。助が言いようもないほど重く罹ってしまいました。どうしたものかと思ったが音信の絶えた人(兼家)に知らせねばならぬと思うほどで、私はどうしてよいか途方にくれてしまったのでした。そうも言っておられぬと手紙で知らせますと、返事はひどくそっけない。そのほかにただ口上で、「どんな容態か」と使いに言わせただけ。それほど懇意でない人でさえも見舞いに来てくれているのに、と思う心も手伝ってなんともやりきれない気持ちです。右馬頭も合わせる顔がないと思うのに、たびたび見舞ってくださる。◆◆
■皰瘡(もがさ)=天然痘