永子の窓

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枕草子を読んできて(61)その1

2018年06月12日 | 枕草子を読んできて
四八  鳥は  (61) その1 2018.6.12

 鳥は こと所の物なれど、鸚鵡はいとあはれなり。郭公。水鶏。鴫。みこ鳥。ひわ。ひたき。都鳥。川千鳥は、友まどはらむこそ。雁の声は、遠く聞こえたる、あはれなり。鴨は、羽の霜うちはらふらむと思ふに、をかし。
◆◆鳥は 異国のものだけれども、鸚鵡(おうむ)はとてもしみじみとした感じがする。郭公(ほととぎす)。水鶏(くいな)。鴫(しぎ)。みこ鳥。ひわ。ひたき。都鳥。これらがいい。川千鳥は、友を惑わせて鳴くというが、その点が良い。雁の声は、遠く聞こえているのが、しみじみと感じられる。鴨は、羽を置いた霜を打ち払うというが、そうだと思うとおもしろい。◆◆

■鸚鵡(あうむ)=西域の霊鳥といわれた。
■都鳥=ゆりかもめ
■友まどはすらむ=「夕されば佐保の川原の川霧に友惑はせる千鳥鳴くなり」(拾遺・冬)
■羽の霜…=「埼玉の小埼の沼に鴨そ翼霧る己が尾に降り置ける霜を払ふとにあらし」(万葉1744)。



 鶯は、世になくさま、かたち、声もをかしきものの、夏秋の末まで老い声に鳴きたると、内裏のうちに住まぬぞ、いとわろき。また、夜鳴かぬぞいぎたなきとおぼゆる。十年ばかり内に候ひて聞きしかど、さらに音もせざりき。さるは、竹もいと近く、通ひぬべき枝のたよりもありかし。まかでて聞けば、あやしの家の梅の中などには、はなやかにぞ鳴き出でたるや。
◆◆鶯は世にたぐいなく様子も容貌も声もたいへん良いものであるけれど、夏や秋の末まで年老いた声で鳴いているのと、内裏に内に住まないのが、たいへん悪い。また、夜鳴かないのは寝坊助に感じられる。十年ほど宮中にお仕えして聞いていたけれど、一向に鳴きもしなかった。そのくせ、宮中には竹もたいへん近くにあり、通ってくるのにちょうど良い枝もあるのに。宮中から退出して聞くと、みすぼらしい家の梅の中などには、はなばなしく鳴き立てているよ。◆◆

■十年ばかり=作者の宮仕え年数や執筆年次を知る手がかりとして注目される。



 郭公は、あさましく待たれてより、うち待ち出でられたる心ばへこそいみしうめでたけれ。六月などにはまことに音もせぬか。雀ならば、鶯もさしもおぼえざらまし、春の鳥と、立ちかへるより待たるる物なれば、なほ思はずなるは、くちをし。人げなき人をばそしる人やはある。鳥の中に、烏、鳶などの声をば見聞き入るる人やはある。鶯は、文などに作りたれど、心ゆかぬ心地する。
◆◆(それにくらべて)ほととぎすは、あきれるほど人に待たれてから、期待通り鳴き出す心待ちがたいへん素晴らしい。そして六月などには、もう鳴きもしない。雀ならば、そんなにも感じられないであろうのに、春の鳥として、「年立ちかえる」時から、待たれるものであるから、やはり意外であるのは、残念である。人間でも、一人前でない人をば非難するする人があろうか。鳥の中でも、ありきたりの烏や鳶などの声は注意して見たり聞いたりする人があろうか。鶯は、漢詩文などに詠みこまれている、そうした点で満足できない気持ちがする。◆◆

■立ちかへるより=「あらたまの年立ち返るあしたより待たるるものは鶯の声」
■山鳥=尾の長い、きじ科の鳥。