永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(104)その6

2019年01月09日 | 枕草子を読んできて
九一  職の御曹司におはしますころ、西の廂に  (104)その6  2019.1.9
 
 雪の山は、まことに越のにやあらむと見えて、消えげもなし。黒くなりて、見るかひもなきさまぞしたる。勝ちぬる心地して、いかで十五日待ちつけさせむと念ずれど、「七日をだにえ過ぐさじ」となほ言へば、いかでこれ見果てむと皆人思ふほどに、にはかに三日内へ入らせたまふべし。「いみじうくちをし。この山の果てを知らずなりなむ事」とまめやかに思ふほどに、人も「げにゆかしかりつるものを」など言ふ。御前にも仰せらる。
◆◆雪の山は、ほんとうに歌にある「越の白山」であるかとように、消える気配もない。ただ黒くなって見るに堪えないようすではある。勝ってしまったような気持ちで、どうかして十五日を待ってそれに合わせたいと祈るけれど、「七日さえも過ごせないだろう」と女房たちがなおも言うので、どうにかしてこの結果を見たいものだと、皆で思っているところ、急に中宮様が内裏にお入りになられるということだそうだ。「ああ、残念だ。この山の状態を知らないままになってしまうとは」と本気で思っているうちに、女房たちも「ほんとうにそれがしりたかったのに」などと言う。また中宮様におかせられても、そのように仰せになる。◆◆

■越のにやあらむ=越の白山。古今集「消えはつる時しなければ越路なる白山の名は雪にぞありける」

■三日内へ=中宮が現在の「職の御曹司」の場所から内裏へ。



 「同じくは言ひ当てて御覧ぜさせむ」と思へるかひなければ、御物はこびさわがしきに合はせて、こもりといふ者も築地の外に廂さしてゐたるを、縁のもと近く呼び寄せて、「この雪の山いみじくまもりて、童べ人などに踏み散らせこぼたせで、十五日まで候はせよ。よくまもりて、その日にあたらば、めでたき禄給はせむとす。わたくしにも、いみじきよろこび言はむ」など語らひて、常に台盤所の人、下衆などにこひてにくまるるくだ物や何や、いとおほく取らせたれば、うちゑみて、「いとやすき事。たしかにまもりさぶらはむ。童べなどぞのぼりはべらむ」と言へば、「それを制し聞かせざらむ者は、事のよしを申せ」など言ひ聞かせて、入らせたまひぬれば、七日まで候ひて出でぬ。
◆◆「同じ事なら、言い当ててその雪山をご覧あそばすようにおさせ申しあげたいものだ」と思うに甲斐がないので、御道具運びが騒がしい時に合わせて、木守という者が築地の外に廂を差し掛けて住んでいるのを、縁のそば近く呼び寄せて、「この雪の山をしっかり守って、子供や他の人などに踏み散らせ壊さぬように、十五日まで残るようにしておけ。よく番をしてその日になったら、結構な褒美をおくだしあそばそうぞ。私個人の立場でも十分なお礼を言おう」などと親しく話して、いつも庭木番が台盤所の女房や下僕などにせがんでは憎らしがられている果物や何やかやを、たいそうたくさん与えたところ、にこにこ笑って、「至極たやすいことです。きっとしっかり番をしましょう。子供などがのぼるでしょうから」と言うので、「それを制止して言い聞かせないような者があったら、事の次第をこちらに申し出よ」などと言い聞かせて、中宮様が内裏にお入りになられたので、七日までお仕えして里に退出した。◆◆


■こもりといふ者=木守。植木番のようなものか。
そのほどもこれがうしろめたきままに、おほやけ人、すまし、をさめなどして絶えずいましめにやり、七日の御節供のおろしなどをやりたれば、拝みつることなど、帰りては笑ひあへり。
◆◆その間にも、このことが不安で仕方がないので、宮仕えの者、すまし、長などを使って絶え間なく注意しに行かせ、七日の御節句のおさがりなどを与えたところ、庭木番が拝んだことなど、使いが帰っては、皆で笑っている。◆◆

■七日の御節供=正月七日、七草粥を奉る日。

■おほやけ人、すまし、をさめなど=宮中に仕える公人。「すまし」は湯殿や厠掃除の役。「をさめ」は下仕え女官の長。