永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(104)その7

2019年01月14日 | 枕草子を読んできて
九一  職の御曹司におはしますころ、西の廂に  (104)その7  2019.1.14

 里にても、明くるすなはち、これを大事にして見せにやる。十日のほどには「五六尺ばかりあり」と言へば、うれしく思ふに、十三日の夜、雨いみじく降れば、「これにぞ消えぬらむ」と、いみじうくちをし。「いま一日も待ちつけで」と、夜も起きゐて嘆けば、聞く人も物ぐるほしと笑ふ。
◆◆里にいても、夜が明けるとすぐにこれを大事なこととして、見せに使いを送る。十日ごろには、「五、六尺ほどありました」と言うので、うれしく思っていたところ、十三日の夜に雨がひどく降ったので、「きっとこれで消えてしまうだろう」と思うと本当にくやしい。「もう一日というところを待っていないで」と、夜も起きたままで嘆くので、それを聞いている人も気違いじみていると言って笑う。◆◆



 人も起きて行くに、やがて起きゐて、下衆起こさするに、さらに起きねば、にくみ腹立たれて、起き出でたるをやりて見すれば、「円座ばかりになりて侍る。こもりいとかしこう童べを寄せでまもりて、『明日明後日までも候ひぬべし。禄給はらむ』と申す」と言へば、いみじくうれしく、「いつしか明日にならば、いととう歌よみて、物に入れてまゐらせむ」と思ふも、いと心もとなうわびしう、まだ暗きに、大きなる折櫃など持たせて、「これに白からむ所、ひと物入れて持て来。きたなげならむは、かき捨てて」など言ひくくめてやりたれば、いととく、持たせてやりつる物ひきさげて、「はやう失せはべりにけり」と言ふに、いとあさまし。
◆◆だれかが起きて行くので、私も起きて座っていて、下使いの者を起こさせるのに、一向に起きないので、憎らしく腹が立ってきて、起き出した者を遣わせて見させると、「円座ぐらいになっております。木守番とてもきびしく子どもを近寄らせないで守っていて、「明日、明後日までもきっと残っていることでございましょう。ご褒美をいただきましょう」と言っていました。」と言うので、すっかりうれしくなって、「早く明日になったら、急いですぐに歌を詠んで、入れ物に雪を入れて中宮様に差し上げよう」と思うのも、私にもとてもじれったく、やりきれない感じがして、まだ暗いうちに、大きな折櫃などを使いに持たせて、「これに白そうな所を、いっぱい入れて持ってこい。汚らしい所は掻き捨てて」などと言い含めて行かせたところ、とても早く、持たせてやった物を引き下げて、「(雪が)とうに無くなってしまったのでございました」と言うので、どうしてなのかとひどく意外である。◆◆

■円座(わらふだ)=藁などを丸く編んだ敷物。

■折櫃(をりびつ)=檜の薄板を折り曲げて作った箱のような物。

■言ひくくめて=こちらの言うことをよくのみこませて。

■いとあさまし=意外だ。あきれたことだ。



 をかしうよみ出でて人にも語りつたへさせむと、うめき誦じつる歌もいとあさましくかひなく、「いかにしつるならむ。昨日さばかりけむものを、夜のほどに消えぬらむ事」と言ひうんずれば、「こもりが申しつるは、『禄を給はらずなりぬる事』と、手を打ちて申しはべりつる」と言ひさわぐに、内より仰せ言ありて、「さて雪は今日までありつや」とのたまはせたれば、いとねたくくちをしけれど、「『年の内、ついたちまでだにあらじ』と人々の啓しらまひし、昨日の夕暮れまで侍りしを、いとかしこしとなむ思ひたまふる。今日までは、あまりの事になむ。夜のほどに、人のにくがりて、取り捨てたるにもたやなむ推しはかりはべる、と啓せさせたまへ」と聞こえつ。
◆◆面白く歌を詠んで人にも語り伝えさせようと、懸命にうんうん言って声に出して詠みあげた歌も、もうすっかり詠みがいもなく、「いったいどうなってしまったのだろう。昨日まではそのようにあったものを。夜のうちに消えてしまったとは」と言ってしょげていると、「庭の木守が申しますことには、『ご褒美をいただかずに終わってしまったことよ』とくやしさに手を打って申しておりました」と言って騒いでいると、宮中から中宮様の仰せ言があって、「そのままで雪は今日までちゃんとあったか」と仰せあそばしているので、敗北感からとてもいまいましく残念であるけれど、「『年内、新年の初めまでさえもあるまい』と人々が申しあげなさいましたのが、昨日の夕暮れまでございましたのを、とてもたいしたことだと、私は存じております。今日まで保つのは、度の過ぎたことでございまして……。夜のうちに、人がにくらしがって、取って捨てたのかも知れないと推量しております、と申し上げてください」とご返事を申し上げた。◆◆