ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

アルコール依存症へ辿った道筋(その28)急所攻撃の神経戦・・・

2015-05-08 21:45:02 | 自分史
 「本薬は血中消失半減期が短い。本薬は1日1回の服用で十分なのか、用法の妥当性を血圧日内変動試験などの成績をもとにT/P 比を算出するなどして回答すること」
 
 当局からの5回目の指示事項(照会事項)で、ついに私が一番恐れていた急所を突かれてしまいました。吸収された新Ca拮抗薬Pは短時間しか血液中を循環しないので作用の持続時間が短いと推定され、一定の間隔で頻回に測定した血圧のデータ(血圧日内変動)から、1日1回の服用で十分血圧をコントロールできていることを説明せよという指示内容でした。

 血中薬物動態学的にみると、新Ca拮抗薬Pは2相性の血中消失半減期を持ち、前半(α相)の急激な消失半減期は2時間強、後半(β相)の緩やかな消失半減期が約30時間でした。

 2相性の血中消失半減期を持つ薬物の場合は、体内への分布に要する時間を示唆するβ相の消失半減期の方を重視するのが普通です。私たち会社側としてはβ相の消失半減期の約30時間を長時間作用持続のひとつの根拠としていましたが、当局はα相の短い消失半減期を問題としてきたのです。α相の短い消失半減期を重視するのは邪道で言いがかりとも受け取れました。

 血圧日内変動については、このシリーズ(その15)で述べた血圧日内変動試験に関連する部分をチョット長いですが再掲します。


「・・・私は、気に掛るのは『血圧日内変動の試験データだ』と答えました。
 血圧日内変動の試験というのは、入院患者を対象として降圧薬の作用が1日中安定して持続するか否かを調べる試験のことです。降圧薬を服用開始前と継続服用終了時の2回、所定の時刻に1日10回(午後10時~午前6時の就寝時を除く)血圧を測定し、降圧薬の用法を立証するための試験で、・・・
 新Ca拮抗薬Pの申請資料では、朝食(服薬)前の午前7時と就寝前の午後9時のデータについてだけ、血圧の下がり方が不十分に見えていました。
 私自身、問題視される可能性に備え、念のために治験を特別に2本組んでおきました。・・・睡眠中も含め、30分毎に24時間血圧を測定できる携帯型血圧計を用いた自由行動下の血圧日内変動(ABPM)試験が一つ。・・・ ABPM試験には次のような問題が内包されていました。
 心臓は1日約10万回拍動します。・・・血圧(=血管の拍動)も1日約10万回変動するのです。自由行動下の血圧であればなおさらです。本来なら動脈内にカテーテルを留置し、血圧を直接連続測定するのが理想的なのですが、現実問題としてほぼ実行不可能でした。
 ・・・ABPM試験成績では、患者全体の血圧の平均値で見ると(縦軸に血圧、横軸に時間をとった折れ線グラフを想像して下さい)、服薬前後の曲線は平行して推移し、昼間に高く夜間睡眠時には低い典型的な血圧変動曲線を示していました。ところが個々の患者の血圧の推移をみると、自由行動下の血圧は思わぬ数字を示すことが多々ありました。想像通り服薬前後の線が至る所で交叉した折れ線グラフそのもの、つまりグジャグジャした変動だったのです。・・・」


 血圧は重要なバイタル・サイン(vital sign:生きている証)です。生きて活動しているからこそ上述したような複雑な問題を内包しています。これに加えて照会事項にT/P 比という新しい概念の問題が出て来ました。

 T/P 比というのは、米国食品医薬品局(FDA)が降圧薬の用法を血中薬物動態と同様のイメージに沿って決めるべきである、とガイドライン(案)として提起したものです。血中薬物動態と同様に、血中濃度が底値となる次回服薬直前をTrough (トラフ)とし、服薬後の最高血中濃度到達時点をPeak (ピーク)として、それぞれの時点に対応する血圧下降度(服薬ナシの状態と比べた血圧の差)の比(Trough / Peak )のことです。

 FDA はT/P 比が0.5以上の場合のみ、その用法が適切であると推奨したのです。つまり、1日1回の服用を謳うためには、最も降圧薬の作用が弱まる時間(トラフ)の降圧作用は、最大の降圧作用となる時間(ピーク)の50%以上(T/P 比≧0.5)でなければならないということです。これは理想論ではあるものの、絵に描いた餅のような現実離れした架空の概念です。

 降圧薬の作用の発現はその血中濃度と完全に一致するわけではありません。血圧は行動や心理的ストレスにより常時変動していて、一定の値を示すものではありません。さらに、同一患者でも測定日が異なれば行動も当然異なるので、血圧の日内変動パターンが全く同じわけがありません。当たり前のことですが、最大血圧下降度を示す時刻も患者毎に異なり、一様ではありません。

 トラフをどの時点に求めるかに異論はないものの、ピークをどこ(最高血中濃度到達時点か、それとも最大血圧下降度を示す時点か)に求めるかについても決まりがありませんでした。必然的に、T/P 比を個々の患者から求めるのか、それとも患者集団の平均値から求めるのかが重大な問題となりますが、そのことについても何も決まっていませんでした。すべてが無いない尽くしだったのです。

 T/P 比は、このように合理性を装った概念ですが、算出方法のルールのない空想物語でした。治験当時もそのように考えていましたし、今でもその考えに変わりありません。ただし、T/P 比の概念そのものは、血圧の生データを知らない当局には受けのよいもののはずで、その対策を講じておくべきでした。

 患者集団から得られた平均値によるABPM のデータは、24時間にわたる血圧の変動パターンが目に見える形で提示されるので、降圧薬の薬効をアピールするのにとても重宝です。当時、夜間の血圧が患者の予後にも影響するということで関心を呼び、ABPM のデータを降圧薬の宣伝に使うことが流行り始めていました。しかし、ABPM のデータを新薬の薬効評価に用いた例はまだありませんでした。

 私もまさかの場合に備え、T/P 比も視野に入れてABPM のデータを治験で採ったつもりでした。が、初めて生のABPM データを見てからというもの、T/P 比が架空の概念であると確信を持ってしまい、よもや算出を求められることはないものと思い込んでいました。目に見える形のデータとして、患者集団の平均値を備えてさえいれば審査の対応には十分で、承認後の宣伝に使えればよいぐらいの気持ちの方が強かったと思います。

 血圧日内変動試験については、私には1日1回の服薬成績だけで承認を得た新剤型薬LA の成功体験がありました。新剤型薬の場合は、血中薬物動態でのバイオアベイラビリティー(血中濃度曲線下面積:AUC)が承認済の普通剤型と同等であればそれで十分なのです。両製剤の薬理作用を血圧日内変動試験で比べる必要はありません。

 新薬の有効成分は、薬理作用の持続時間自体が未承認のため、この点で全く条件が違います。有効成分の置かれていた条件の違いを列挙し、承認取得に必要な項目を科学的な目で整理してみれば簡単に分かることです。作用の長時間持続性を実証するには、1日1回の服薬と1日2回の服薬とを血圧日内変動試験で比較した成績が必要だったのです。なまじ成功体験があったために、1日1回服薬という外見上の共通項だけに目がくらみ、そこを勘違いしていました。

 成功体験には必ず甘い陥穽があります。その落とし穴にまんまと嵌ってしまったのです。前年秋に受けたヒアリングの際、当局が漏らした用法に関する懸念は当局の本音でした。
         *   *   *   *   *
 当局側では前年夏に全く新しい体制になっていました。国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センターという新たな組織が出来、新薬の承認審査を当局主導で行うことになりました。日米欧三極のICH 協議の影響によるものと思われました。それまでの当局は事務方で、新薬調査会という外部の専門委員が審査の主導権を握っていたのですが、これからは当局主導で外部の専門委員は助言するという立場になったのです。当然のことながら、当局の意向が前面に強く出るようになるだろうと誰もが思いました。

 一方、新薬調査会の専門委員メンバーの臨床医にも入れ替わりがありました。新任専門委員の臨床医は、業界内では治験に関して風評のある人物でした。△X◇の治験で御殿を建てたというよからぬ噂が流れていました。

 当初、専らこの新任医師が問題提起したものと考えていました。何か思惑があってのことと勘繰ってしまい、何とか助言をもらおうと一席を設ける機会を作ってもみました。しかし結局のところ、用法の妥当性を問う照会事項は、当局自身の強い意向から出たものと受け取らざるを得なくなったのです。

 当局が最も恐れるのは情報公開による国民の目です。誰がみても分かりやすいデータに基づいて新医薬品が承認されたと、国民に納得してもらうことが最大の関心事なのです。比較データの成績ほど誰が見ても納得できる成績は他にありません。

 新Ca 拮抗薬P の血圧日内変動試験成績は1日1回服薬の場合のみのデータであり、1日1回服薬と1日2回服薬を比較したデータ、あるいは対照薬として1日1回服薬の市販の類似薬を立て、それと比較したデータではなかったのです。市販の類似薬では例外なく、血圧日内変動試験の比較データで申請し承認されています。

 医薬品の使用方法である用法・用量は承認事項の根幹事項です。これほどの重要な案件が承認審査5回目の審議で初めて俎上に上がってきたことに今でも納得がいきません。最初の議案として取り上げて、1回目の指示事項として出されるべきでした。申請当初、当局は何ら問題視していなかったことは事実なのです。


アルコール依存症へ辿った道筋(その29)につづく



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コメント (2)
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