ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

アルコール依存症へ辿った道筋(その30)家庭血圧による世界初(?)の評価方法

2015-05-22 20:01:53 | 自分史
 「1日1回の服薬で十分な降圧薬である」この根拠を立証し当局を満足させる回答には二つの要件を満たさなければなりません。一つは血圧日内変動試験かそれに匹敵する評価方法であること、二つ目は1日1回以外の用法と比べる比較試験であることです。

 24時間自由行動下の血圧日内変動(ABPM)は手に余るので避けるとして、いまさら入院患者を対象とした従来型の血圧日内変動試験の再実施というのでは陳腐な印象を与えるだけです。そこで、家庭血圧で薬効評価をやってみようということになりました。これは全く新しい薬効評価方法を世界で初めて開発することでもありました。

 当時、家庭血圧は高血圧の野外(病院外)研究で評価が定まっていました。住民の集団定期健診の一環として、地方の小規模な町村コミュニティーを舞台に家庭での血圧測定を導入した成果でした。そこで収集した厖大なデータから、精度の高い測定データが得られることが判明していたのです。

 医師の前だと緊張して、見かけ上高血圧を呈してしまう “白衣高血圧” を除外でき、何より日常生活を送っている中での血圧であるということが高い評価を得たのです。現在、家庭で測定した血圧で135/85 mmHg以上を高血圧としているのはこの家庭血圧研究の賜物です。(参考:診察室で測定した血圧では140/90 mmHg以上を高血圧)

 家庭で血圧を測定する上で守るべき条件は、起床後1時間以内、排尿後、摂食・服薬前の三つです。少し慣れれば誰でも出来る方法です。1回目の測定値が血圧の実態をよく反映していること、連続する5日間測定した5点の血圧の平均値の信頼性が高く、降圧効果を評価する基準値に適していることも判明しました。これら測定する際の取り決めも、そのまま治験に採用することにしました。


 (家庭血圧基準値)=(1日1回起床後1時間以内に測定した家庭血圧の
            連続5日分の平均値)


 測定方法の次に降圧効果の評価基準を新たに定める必要がありました。家庭血圧の測定時刻はFDAのT/P比でいうトラフ時に相当します。そこで服薬期間前後の家庭血圧基準値の差から求めた血圧下降度をトラフ(家庭血圧 T)と見做すことにしました。

 (家庭血圧 T)=(服薬期間前の家庭血圧基準値)
                ―(服薬期間後の家庭血圧基準値)


 すでに、わが国の『降圧薬の臨床評価ガイドライン』(ガイドライン)では、外来診察時の血圧で求めた血圧下降度で降圧効果を評価する判定基準(血圧下降度判定基準)がありました。ガイドラインの判定基準では、外来血圧下降度が20/10 mmHg以上を「有効」と定めています。

 そこでガイドラインの外来血圧判定基準を参考に、家庭血圧 T で「有効」の判定基準を外来血圧判定基準値(血圧下降度20/10 mmHg)の50%以上としました。つまり、家庭血圧 T が10/5 mmHg以上であれば「有効」と定めました。仮に外来診察時の血圧下降度をピーク(P)と見做せば、こう定めることで家庭血圧 T の「有効」例はT/P比≧0.5以上に相当するのです。そして、家庭血圧 T で「有効」と判定された患者の有効率が50%以上であれば、1日の服用回数は妥当であると定めました。前回述べたZanchetti流のT/P比算出方法の考え方を準用したものです。

 家庭血圧ではデータのバラツキが少ないので、1群20例未満という少数の患者でも評価可能と統計学的に算出できました。これは治験の実行可能性からみても好ましい点でした。

 評価方法の次の問題は比較する対照群を何にするかでした。当然、二重盲検比較試験法を視野においての議論となりました。この議論で、あの生物統計責任者O女史が、最も評価の高い市販薬Nを対照薬とすべきだと主張しました。Ca拮抗薬Nは製薬業界全体でもトップ・ブランドの一つになっていました。理屈の上では最も理にかなった、まさに正論でした。

 対照薬がすんなり入手出来るものなら、私も諸手を挙げて賛成したでしょう。ところが真っ先に私の頭に浮かんだのは、手続きの煩雑さと、提供依頼先がやるに違いない嫌がらせの時間稼ぎでした。

 対照薬提供に関する業界内の取り決め(協定)では、製造販売会社に治験実施計画書(案)を添えて文書で提供依頼し、その同意を得た上で製造販売会社から製品と共にプラセボを購入します。それでダブル・ダミー法(本シリーズ、その4参照)で盲検化を図るというのが正式な手順を踏んだやり方です。

 当然ながら提供依頼された会社は、将来の商売敵として時間稼ぎをするのが定番です。その嫌がらせで製品入手に相当の時間を要します。高血圧症の比較検証試験の際は、申込から3ヵ月程度の口約束であったものが、実際は6ヵ月以上かかった経験があったのです。

 この経験に懲りていたのなら、まともな入手ルート以外の “けもの道” を探ろうと考えるのが普通です。が、入手するには協定を守った正式なルートしかないという固定観念に私は完璧に囚われていました。呆れるほどに発想の視野が狭まっていたのです。

 盲検化というのは、比較試験の場合に人為的な介入(インチキ)を排して、データの偏りを防ぐことを言います。

 インチキがあり得るからこそ、非盲検による比較データは全く相手にされません。比較する薬剤同士、お互いの外見等を同一にする薬剤の盲検化のことは知っていましたが、データ処理の段階で人為的介入を排して改竄を防ぐデータの盲検化(=匿名化)のことは知りませんでした。測定データを人為的に改竄できなくすれば、データの盲検化を担保でき、薬剤の盲検化を省いてもよくなります。これがここで言う “けもの道” です。

 市販の家庭血圧計には、測定データを記憶チップに保存可能な機種もありました。この仕組みを活用することで匿名化を思い付きさえすれば、信頼性の高いデータの盲検化という立派な “けもの道” となったのです。たとえ対照薬を協定外の流通市場で簡単に入手したとしても、非盲検と非難されることはありません。

 結局治験では、測定データを記憶チップに保存可能なこの機種の家庭血圧計を採用することになったのですが、データの盲検化という奥の手については最後まで気付かないままでした。データの盲検化という知識さえあれば・・・、私は絶好の機会を取り逃がしてしまいました。件の生物統計責任者O女史も、血圧測定の段階でデータの盲検化が図られるところまで頭が回らなかったのでしょう。データの盲検化という奥の手を提案することもなく、対照薬入手がらみの問題になると、“我関せず” の定位置に戻っていました。

 このような社内議論を経て当局との治験相談を7回も重ね、家庭血圧による評価方法を当局に了解してもらうことが出来ました。すなわち追加治験は家庭血圧による評価方法を採用し、自社製の新Ca拮抗薬P同士の1日1回と1日2回の服用法を1日量を同量にして比べることに落ち着いたのです。

 ただし、ABPMによる少数例の検討も要求されました。家庭血圧は早朝の血圧なので、早朝の血圧データだけになり、昼間の時間帯の血圧データがない評価ということを懸念したのだと思います。回答として出来るだけキレイなデータにしようと、ABPM測定日には行動を管理できる検査入院とし、血圧の実測値の他に三角関数を応用した回帰曲線も求め、見栄えのよいものにしました。皮肉にもこれらの追加治験が、患者が対象の治験として新GCPに則った会社初のケースとなりました。

 家庭血圧での治験結果は期待通りのものでした。1日1回服用と1日2回服用の両者の血圧下降度には差が無く、どちらも50%以上の有効率が得られました。この結果を回答として当局に提出したのです。

 T/P比についての回答が不十分とされた後、治験実施計画書が当局と合意の上で確定するまで6ヵ月、実際に治験を開始して回答提出までにさらに1年6ヵ月、計2年の歳月がかかっていました。その間に会社の不祥事が発覚し、「(申請中の)Ca拮抗薬Pは絶対に承認させない」という当局の噂も耳にしました。それからさらに2年(正確には1年11ヵ月)、無為のまま徒に過ごした後で当局から相談があると会社の上層部が呼び出しを受けたのです。

 そこで打診されたのが承認申請の取下げです。当局側の承認手続き上、その次の段階では中央薬事審議会の特別部会を通過させる必要がありました。面談した上層部の話によると、次のように言われたそうです。
「(承認の方向で)上の特別部会に上げても、(他社の成績と)比べられると見劣りがするんです。それは避けたい」
同時期に上程品目に上がっていた自社製品の承認が交換条件で、“取り引き” による取下げだったとしか詳細は教えてもらえませんでした。すでに7年という歳月が承認申請から経とうとしていました。

 当局の懸案は、米国やEUに比べ承認審査に要する期間が長いことでした。毎年、承認審査期間を公表し、努力目標を平均で22ヵ月(1年10ヵ月)としていました。そのような場に、承認審査期間が7年というのは、いかにも足を引っ張る “不都合な真実” となります。会社側としても特許期間が切れかかっていたこともあり、承認申請取下げに応じることになりました。

 世界初と自負していた家庭血圧による薬効評価は、論文発表も出来ずに終わりました。公表なしでは世界初とはなりません。承認申請取下げ時、私はいつの間にか52歳になっていました。

 用法の問題で拗れたことの発端が、自分の身から出た錆だったということは自覚しています。開発途中から、用法について問題視されると不安を感じていたものの、進行中の日々の仕事に流されるままでした。形ばかりのABPMデータという弥縫策にしがみつくのみで、勇気をもって比較試験に舵を切れなかったのです。

 これにはアルコールが相当程度影響していたのかもしれません。飲酒以外のことならすべてに対し、最初に浮かんだ言葉が「う~ン、面倒クサ~イ」でしたから・・・。


 新規の降圧薬の用法・用量設定で、T/P比の扱いがその後どのようになったのか分かりません。私自身、今となっては全く知りたくもありません。

アルコール依存症へ辿った道筋(その31)につづく



ランキングに参加中。クリックして順位アップに応援お願いします!
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ
    ↓    ↓
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする