こういうことも週刊現代に書いてある。 同感です。 60歳を過ぎ
たら、同窓会にも葬儀にも行かない、とうことです。
同窓会は昔話と自慢話ばかり、病気の話と会社時代の過去の話しばかり。
以前は数年に1回程度だったものが気がつけば毎年やるようになっている。
暇なんでしょう。 松下幸之助は葬儀には行かなかった。 それは自分が
その場で倒れるかも知れないという心配もあったのかも知らないし、表情の
ない遺体と対面することを好まなかったのだろうという。
我が身を振り返って見て、是が非でも葬儀に参加しなければならないような
相手というのは、そんなにあることではない。
特に仕事に関係先で、当事者のその親族が死亡した場合の葬儀です。
始めてみる顔がそれまでみたこともない人の「死んだ顔」なんです。
こんなことってちょっとおかしいんじゃありませんか?