本日のブログも、書けた内容に準じて、総タイトルを変える可能性があります。
副題1、『嘘ばかり蔓延する現代日本よ・・・・・悲しいですね』
今日最初にお話をしたいことは、マスコミの嘘に踊らされる庶民の悲しさということです。私は、自分は、それに踊らされていないつもりです。だが、許されている嘘としての広告は、まだしも、誇大に宣伝されて、高い収入と名声を得ている有名人たちと、嘘のニュースにはうんざりしています。今回の後藤さんの殺害も、湯川さんの殺害も、ある種の嘘を含んでいます。
二人が殺されたことは確かです。そして、ヨルダンの、家柄の良い青年パイロットが、生きたまま、焼かれたのも、真実でしょう。だが、裏に嘘がある。イスラム国とは、いわゆるCIAが動かしている組織でしょう。結局過激派イスラム勢力の発生とは、世界中の庶民を、イスラエル側につけるためのCIAの作戦です。
他に、今、現在、嘘がまかり通っているニュースの一つにバターが不足しているとか? それが、シャルリーエブド事件とか、イスラム国の人質事件の発表と同時に出てきたので、それもまた、こちらのフランスのじけにゃシリアの事件が、鎌倉エージェントたちが考え出した謀略だとわかってきてしまいました。
バターは普通、4分の1か、2分の1ポンド(225G)で、売られていました。いつの間にか薄くなったなあと思っていたら、225gが、150gに減量されていて、しかも、今はね、泡立てた状態で、120gで売っているのです。すさまじい嘘が裏にあるでしょう。または、政府の無策です。バターなんか輸入すりゃあ、いいじゃあないですか。私は、冬は、週に三回か四回クッキーか、ケーキを焼くので、昔の225gサイズだと、4cmは使います。たぶん、60gぐらい。現在のバターだと、ひと箱を、二回で、消費しつくします。
それでもめげずに、この寒さの中を、卵二個分の白み身シャカシャカと泡立てて、クッキーから、マドレーヌ(もしくは、パウンドケーキを直径3cmぐらいの小型で、焼くことに挑戦しています。中身を変えるので、ほぼ毎日、泡立て器をシャカシャカ、やっています。クッキーより柔らかくできます。小さく作るのは、栄養たっぷりで、じわーっと、味わいが、染み出て来るので、小さくて大丈夫なのです。3つも、食べれば、まんぞくします。イデミスギノさんなどは、大量にバターを使っておられますが、焼き菓子のサイズはとても小さいですよね。だから、私もそれを真似しています。
このバター不足も近々なおるでしょう。と思っていたら、今回なおりません。私を苦しめるのに役立つと考えられているのでしょう。パティシェではないのですが、たくさんのバターを使う人が、私なので。もし、本当にバター不足を招いたとすれば、政府の失政ですが、どうせ、鎌倉エージェントの発案だから、安倍総理も、そうだ。そうだ、と言うだけなのでしょう。何も改善がみられません。だからこそ、これは、嘘のニュースでしょうね。
~~~~~~~~~~~
副題2、『猫が大弾圧に出会ったことがあるのですよ』
私がブログで、真実を書くと、すぐさま、とんでもない嘘ニュースが出回ります。これは、穏便な方なので、日時をしっかりとは覚えておりませんが、<猫がいけない>という恐ろしいニュースが流されました。病気を人間にをうつすとか? 10年近く前です。≪井上ひさしが、子供のころ猫を焼いて食べたという小説を書いている≫と、メルマガでかな? 私が書いたとたんに、そのニュースが出ました。で、井上ひさしが、こういう嘘のニュースの案を書いているということが解ったのですが、
さすがに、その10年前の嘘ニュースはすでに消えています。世界中に猫好きはいっぱいいますから、嘘をつき通すのが無理だったのです。
しかし、今回、イスラム国の人質事件で、後藤健二さんが殺された後ですが、ベトナムで、中国から輸入された何百匹か、何千匹かの食用の猫を、途中で、保護したとかいうニュースが出ましたが、これもむろんのこと、嘘でしょう。鎌倉エージェント、特にまだ生きていて、地下潜行をしている井上ひさしはやりたい放題の嘘を作り出しています。猫を何びゃぴきもトラックに入れ込める。そんなことはできっこないです。パーッと逃げてしまうでしょう。バカみたいに、すぐ嘘と分かる嘘です。 特に映像がj-pegも、動画もないので、これは、典型的な嘘であって、それこそ、井上ひさしが、いまだ生きている証拠となるニュースだと、私は見ています。
この間、岩合光昭の世界猫歩きの前宣伝が、しょこたんと、一緒に炬燵へ入って語るという形式で、あったのですが、その中で、二人が異口同音に、猫は記憶が良くて、かつ、愛を知っているということを言っていましたが、その通りです。
昔よく言われていた猫は三日で恩を忘れるというのは、嘘というか、猫をかわいがっていない人が、たまたま、猫に嫌われてそういう風に言い始めたと、推察されます。
~~~~~~~~~~~~
副題3、『京急新大津の森は、里山の森であるらしい。鎌倉のそれよりもきれいだ』
上に書いた二つの事案は、私にとっては、不幸せ(?)または、汚いことの象徴です。これからは、幸せなこと、きれいなことを書いていきましょう。
上の写真は、わが家の一階の東の窓です。曇りの日なので、余計暗いのですが、大体、大木が日の光をさえぎって暗いのです。大木とは、タブしいとか、照葉樹林帯の樹木で、どんぐりができる類の木ですが、冬も葉が落ちないので、一年中暗いのです。それは、ここら辺りは、お百姓さんが入会権を持つ山ではなかったからでしょう。江戸時代は、鶴岡八幡宮様の森だったと思われるので、お百姓さんが、利用しに入ることもなかったからです。大木の幹は、優に1mを超えております。
しかし、新大津駅の裏山は、江戸時代からお百姓さんが、炭焼き用の木をとったりした山らしくて、くぬぎや、ならが、育つ山であり、春と初夏、そして秋は本当に美しいのでした。私は36歳になるまで、谷川岳、天神平下の、林以外に、これほど、きれいな林は見たことがないと思っているぐらいです。で、こどものPTAの用事で、大津小学校(または、根岸小学校)へ行かなければならないときは、普通の道路を利用せず、必ず、この山の中の道を通って行ったものでした。腐葉土がたまった、ふかふかの土の上に、幅30~50cmの細い道ができていて、そこをたどるのが大好きだったのです。それは、1970年代のもっとも楽しかった思い出のひとつです。
~~~~~~~~~~~~
副題4、『新大津という静かな町で育った、野島稔さん』
その山を下りた下が、京急新大津駅です。本当に珍しい事に駅周辺に、一軒の、お店もない駅です。横須賀線、北鎌倉駅、東海道線、東田子の浦駅などと、似ています。ただ、それらの駅と比べても、より一層、小さくて、そして静かな駅です。そして、そこを最寄り駅とする住宅街もとても静かです。その小さな町で、ひっそりとそだちあがった少年が野島稔さんです。マスコミが過大宣伝をしないタイプですが、上質なピアニストです。特に1980年代は、N饗アワーなどに活発に出演をされていたのに、その後、渡米なさったので、特に日本の一般社会では、有名ではありません。だけど、真のピアノ曲好きなら、きっと、知っている名前です。
三才のころから鎌倉へレッスンに通われたそうで、近所の子供とは、全然遊ばなかったでしょうに、今は、横須賀市民に、たいへん愛されている方です。横須賀では、野島稔をかんむり名に抱いたピアノコンクールが主宰をされています。
しかも、非常に驚いたことには、現在は、東京音大の学長さんだそうです。前任者が、お金儲けに熱心な人で、評判が悪くて、早期に退職をされたので、真っ反対の、性格の人として、野島さんが、互選かな? 選出されたのでした。
今、念のためにググってみたところ、私が昔書いた野島さんに関する文章が出てきたので、ここにコピペで、リンク先を置かせてくださいませ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます