Angela Garden

シンプルに、そしてエレガントに。試行錯誤しながらも、そんな人生を送りたい。

ねじりまんぽ~第2期蹴上発電所

2013年05月23日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

インクラインをしばらく歩いて、下に降りると、ねじりまんぽへ出てきます。 



まんぽ、というのは、トンネルと言う意味の、関西独特の言葉だそうです。
西宮にもいくつかあって、こちらでは、マンボウと聞きます。
慣れてくると、なんだか味のある言葉に思えます 

こちらのレンガの積み方は独特です。
ドリルで穴を開けていくように、ねじって行くように積み上げています。
これは、強度を保つのに一番だからだそうです。 

まんぽの内部だけ、こんなふうになっているので、
平地を歩いているのに、なんとなく忍者屋敷にいるような? 

 

 

ねじりまんぽの右手に行くと、有名な、南禅寺の水路閣に行けますが
以前出かけたことがあるので、疎水記念館に向かってみました。

1989年開館、2009年リニューアルの記念館、
レンガ積みでトンネルが作られていますが、
まだまだ、若くてかたい~100年経ったら、いい雰囲気になるかな?

 

京都は、琵琶湖疏水を利用して、水運での物資流通、
水力発電などで、産業が発達し、活気にあふれたのです。
ウエスティンホテルの前に見える、この大きな赤レンガ建築も
水力発電のための施設です。



私の大好きな長楽館を建てた、村井吉兵衛氏も
この水力発電のおかげで、たばこ産業を発展させ、
財を成しました 

京都の市街には、海はないのですが、
いたるところに、川(疏水)があって、素敵な風景が沢山見られます。
哲学の道も、南禅寺から、銀閣寺への疏水ですが、
人気の観光スポットになっていますね。 

明治時代、水道を整備することは、大変な事業だったので、
各地の浄水場や、川沿いのポンプ室のために、
素晴らしい建築が建てられています。

残っているのは、少ないかもしれませんが、
1つ1つ積み上げられた赤レンガを見ていると
今、当たり前のように使っている水道の為に、
明治時代の人たちが 、どれだけ強い思いを持っていたかが伺えます

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都 旧九条山浄水場(御所防火用水道)

2013年05月23日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

蹴上浄水場からかろうじてチラッと見えた、この私好みの優雅なレンガ建築 

こちらも、浄水場施設の一部なんです。 が、
蹴上浄水場を出て、少し歩いた離れた場所にありました。 



近くまで寄ることが出来ないので、いろいろな場所から
ズームで頑張って撮りました♪ 

この浄水場施設は、なんと、京都の御所のためだけに作られた建物です。
内部は、お部屋があるわけではなく、
水を送るポンプがあるだけ、だそうです。 

この優雅さ、設計は、片山東熊氏。
迎賓館、京都国立博物館、奈良国立博物館などを設計しています。
辰野金吾氏と同じ、ジョサイア・コンドルの弟子の1人で、
私の大好きな設計士の1人です 

今も、京都御所の防火用の水道として、使われているとか。 

かなり、ひっそりと建っているのですが、
これだけ、優雅な美しい建築。
お手入れして、大切に残して欲しいです。 

この日も、体調がすぐれず、電車で出かける気力がなかったのですが、
夫が渋滞でもいいよ~、と言ってくれたので、車で出かけました。
(休日の京都市内は車が、とっても多い。。。)
この美しい建物を見たら、随分気分が良くなりました。 



やっぱり、美しいものにはパワーがあるな~と
思います 

 

 

疏水のトンネル?も、なかなか優雅です 

 

そして、インクラインへと続いていきます。 

 

 

だいぶ気分も良くなったので、 インクラインから疏水記念館のほうへ
のんびりお散歩しました♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都 蹴上浄水場

2013年05月23日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

バラが美しく咲き乱れる季節ですが、
今年は、なんだか真夏並みの暑さなので
ご近所のお庭のバラを通りがけに楽しんだり、
切花を購入して、楽しんでいます 

 

GWには、京都へも出かけました♪

 

 

 広い浄水場内で、色鮮やかなツツジ、
 そして周囲の青々とした山々を眺めることができます

まだ満開では無かったのですが、
大きなハチが、ブンブン飛び回り、少々恐怖でした

 

こちらの中世の古城のような赤レンガ建築が、素敵でしょ~
1912年(M45)築、100年経っています。 

京都の浄水場は、琵琶湖からの疏水を利用して、
明治の初期から着工され明治末期におおよそが完成しました。
浄水場の建設は、大変な道のりでしたが、
明治維新によって、東京遷都となって、衰退を感じた当時の京都府知事が
水力による活性を願って、1883年(M16)から、
計画を始めたそうです。 

設計は、日比忠彦氏、田邊朔郎氏。
田邊朔郎氏は、府庁の技術者で、疏水建設の中心だった人物です。 

 

 

 

 

明治時代当時のレンガ造りの施設は、今も保存されていて、
そして、新しく作られた施設もレンガを利用していて、
落ち着いた、いい雰囲気を醸し出していました。 

 

そして、蹴上浄水場から、チラッと見えた、この建物
ズームを目一杯使って撮りました。
コレが、この日のお目当てです