自転車に乗っていると、その気持ち良さに、
ずっとそのまま進んでしまいたくなって、
うっかり、、曲がり道を間違えたり、道を行きすぎたり・・・♪
北白川疎水沿いは、静かな住宅街になっています。
今回のお目当ては、こちら。
「駒井家住宅」という、あのヴォーリズが手がけた、個人住宅です。
以前から訪問したいと思っていたのですが、
公開日が、限られているので、ようやく今回訪問出来ました♪
1927年(昭和2年)に建てられました。
京都大学の理学部教授であった駒井卓博士夫妻の住居です。
駒井博士の静江夫人と、ヴォーリズの 一柳満喜子夫人が
神戸女学院での同窓生だったことから、
ヴォーリズに依頼をされたそうです。
この駒井卓博士は東京大や京都大などで、教授や学部長などを歴任し、
特に動物分類学、遺伝学において、多くの功績を残し、
また昭和天皇に生物学を教授した学者だということです。
駒井家住宅では、静江夫人のこだわりが、いろいろ見られます。
大正、昭和初期の時代の日本女性の一般的生活感覚がどのようだったのか・・・
そんな時代に、静江夫人は、牧師の娘として生まれ、
神戸女学院の英語科を卒業後、夫のアメリカ留学にも同行しています。
この駒井家住宅は、ヴォーリズの円熟期の作品と言われています。
実際に施工をした日本人大工さんの意見も取り入れながら
北白川疎水に面した和室の窓からは、桜が一面に見えるようになっています。
家そのものは、30坪ほどの家なのですが、窓が多くとても気持のよい家です。
もちろん、ソファーの下は収納ボックスになっています。
ヴォーリズの家は、いかにもな、壁面を覆い尽くすような収納棚などはなく、
ちょっとしたデッドスペースを、さりげなくつかった収納スペースなので
お部屋がすっきりしています。
このピアノは静江夫人が、わざわざアメリカから取り寄せた
ピアノだそうです。
インテリアの中で、今では当たり前の便利な家具などがあるのですが、
そういったものも、静江夫人の考えで、海外から取り寄せて使っていたそうです。
ダイニングセットも家具も当時のままのものです。
駒井家の子孫とその家族によって、住居と土地すべて、
2002年に日本のナショナルトラストに寄贈されたそうです。
こういう価値のある洋館も、世代が変わり、
相続の為にお金に換えるために、持ち主が変わり、
お金はあるけれど、理解のない持ち主によって簡単に壊され
マンションなどになってしまうことが多いので、
こうやって、残されたことは、とっても嬉しいです。
以前に美智子皇后の東京の生家、素敵な洋風住宅も
相続の為に、あっけなく、更地に、公園になってしまいました。
あの建物を活かした公園にはできなかったのかしら、と
ニュースを見ながら、とっても残念な気持ちでした。
ヴォーリズの建物の素敵なポイントはいろいろありますが、
この駒井家住宅では、この階段の手摺が、ポイントです
階段の優雅さは、家の中でも大きなポイントになりますが、
こういう一般的な小ぶりの住宅では、
お城のようなお姫様階段なんて、無理ですよね。
この階段、平面積は、3~4㎡くらいでしょうか。
この広さに普通階段を付けるとなると、狭い幅で急勾配の階段になってしまいますが、
ヴォーリズは、敢えて、ゆったりとした幅で螺旋状にすることで、
優雅な階段を作りだしています。
そのために、手すりがこのようになっているのです。
これは上からみた感じですが、手すりが柔らかい曲線で、
デザインも素敵なのですが、実際にこの階段を上がるとき
自然に手すりを持ち、そしてこの手すりに手を添えて行くと
危なげなく、上まで上がれるのです。
この曲線が、階段を上下する時に、とても自然に体にフィットするようになっているんです~!
まるで、王子様に手をとってもらって、導かれているような(!?)感覚です。
残念ながら、実体験ありませんが・・・
そして階段横に付いている窓ガラス。
こちらは西に面しているのですが、夕方の西日って、
すごく私もいやなのですが、その西日を和らげ、情緒を感じられるように
黄色いガラスが使われています!
ガラスもツルッとしたものではなくて、少し凹凸があるもので、
西日の光が、かなり穏やかになって差し込んでくるのです。
こちらは2階の静江夫人のくつろぎの部屋です。
ガラスの窓越しに見えるのは、家を建てた時に苗木を植えた、
松(海外の松の1種)だそうです。
こちらの東の窓からは、比叡山、そして五山の送り火が眺められるとのこと。
こちらは、はめごろしのタンス。その横にはハンガーがかけられるクローゼットも
取り付けられています。
お庭に出てみます。
ドアのノブが見えるでしょうか?
ヴォーリズの建築は、ドアノブもとても凝った素敵なものが使われているのですが、
こちらの駒井家住宅では、パブリックスペースのドアには、パープルのクリスタル、
プライベートスペースのドアには、クリスタルのドアノブが使われています。
お客様にも、「ここはプライベートな場所です」と
さりげなくお知らせ出来ていいですよね。
こちらは、台所側の勝手口の扉なのですが、疎水側の桜や紅葉が見られるように
丸くくりぬいてあります。
台所の横には洗濯室があるのですが、当時洗濯をしていた女中さんのために、
静江夫人は、手動洗濯絞り機、を海外から取り寄せて、使わせていたそうです。
この手動洗濯絞り機って、日本では、昭和30年代?40年代初期の頃に
ようやく出回ってきたものです。
お庭からの住宅。
疎水側から見た住宅。
今日もずいぶん長いレポートになりました