母はお人好しで涙もろい。
今月で90になった。すっかり体も衰えてきた。
実家の浜松で下の妹と2人で暮らしている。
母が若い頃、宝塚に憧れたが、身長が足りず諦めた。
NHKのアナウンサー試験に受けるも、不合格。
スポーツはまるでダメだが詩や俳句は上手い。
若い頃の写真を見ると阿川泰子に似ている。
そんな母だ。
僕が大学生の夏休み、長期で実家の浜松に帰っていた。
ある日、母が突然僕に言った言葉。
「ともちゃん、ほんとうのお祖父さんに会いたくない?」
何のことか判らなかった。
母方の祖父は僕が幼稚園の時に他界している。
母が結婚する日、実は本当の子供ではないと祖母から打ち明けられたそうだ。
祖母の兄の子供だと。
母が伯父だと思っていた人が本当の父だったということになる。
母は妾の子で、まだ母が小さい頃、実母が亡くなり、実父の妹に預けられたが、そのことは母の記憶にはない。。
その話は、初めて息子である僕に打ち明けてくれた。
父にも僕の妹にも話してなかったらしい。
本当の祖父が住む愛知県瀬戸市へ二人で出かけた。
ここは母が高校生まで過ごした地だ。
駅から降りてタクシーの運転手に、母は場所ではなく、個人名を告げる。
「K藤○○さんの家へ」
それだけで、タクシーの運転手には通じる。地元の名士らしい
昔、祖父は瀬戸市の市会議員を何年もやっていたそうだ。
古い建物の家に通され、初めてほんとうの祖父と対面した。
顔は母と似ていなかったけど、マメによく動くところはそっくり。
この人の血が流れているのかと思い、見ていた。
僕が祖父に会ったのはそれ一回きりだったが、その数年後に祖父は他界した。