少し前の話になりますが、昨年末、インドネシア人とSNSで日本語のチャットをしました。犬「日本では年末年始は休暇です」イ「いいですね」犬「インドネシアは、1月1日は休日ですか」イ「はい、そうです。でも2日は休みじゃないです」犬「ムスリムの人は、1月1日は何をしますか」イ「特に何もしません。ムスリムの人にとって1月1日は普通な日です」(以下略) 最後に、「普通な日」という表現が出てきました。「普通な . . . 本文を読む
兄の通夜、葬式に列席し、日頃疎遠な親戚に久しぶりに会ったりすると、今は亡き家族たちのことが蘇ってきます。 1961年に私が生まれたとき、わが家は私を含め7人家族でした。祖父母、両親、兄、そして父方の伯母。 最近兄が亡くなり、そのときいた私以外の家族は、これですべて亡くなってしまいました。 最年長の祖父は、19世紀に生をうけていました。1896年(明治29年、申年)生まれ。お酒が好きで煙草も吸って . . . 本文を読む
東京出張の午後、半休をとって、兄が亡くなった場所に行ってみました。 ゆりかもめに乗り、移転問題で騒がれた豊洲を通って、有明に。有明駅からすぐのところに、「国営東京臨海広域防災公園」があります。兄は、亡くなった当日、この公園でマラソンの練習を終えたあと、倒れ、心筋梗塞で亡くなりました。 臨海防災公園は、がん研究所の大きな建物をとり囲むように広がる広大な公園です。 首都圏が直下型地震など激甚災害に見 . . . 本文を読む
私には4歳上の兄がいます。 兄が生まれた後、両親にとって二人目の子が流産したため、私が生まれるまで少し間隔があいたと聞いています。 幼時、私が育った大田区は、まだ畑や空き地が多く、農家には肥溜めなどもありました。水は井戸水を使い、下水道もまだ整っておらず、トイレは汲み取り式でした。1964年に東京オリンピックがあり、都内のインフラ整備は急速に進みましたが、私の住む地区の上下水道、道路舗装などは、 . . . 本文を読む
正月休みに、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』(河出書房新社、2016年)を読了しました。 人類の起源から未来にまで及ぶ歴史を概観した、スケールの大きい本です。上下巻で、上巻では、ホモ・サピエンスの誕生から、認知革命、農業革命を経て帝国の誕生までを扱います。 この中で、特に印象的だったのは、「認知革命」についての記述でした。 人類のさまざまな特徴の根本に「言語」があるというのは、これまでの . . . 本文を読む
昨年末の12月27日、韓国外務省の作業部会は、慰安婦問題をめぐる日韓政府間合意に関し、交渉過程などを検証した報告書をまとめました。その要約を報道した時事通信の記事によれば、報告書には以下の4点が結論として述べられています。【結論】1、協議過程で、被害者の意見を集約しないまま合意をまとめ、「最終的かつ不可逆的な解決」を宣言した。2、朴大統領は「慰安婦問題」を理由に韓日首脳会談を行わずに韓日関係を悪 . . . 本文を読む
読んでみたいと思っていた、ノーベル賞作家、カズオ・イシグロの小説を、昨年末に手に入れました。 『遠い山なみの光』(早川書房、2001年)です。 何冊も並んでいた中からこの作品を選んだのは、これがイシグロ氏の長編デビュー作であったことも一つの理由でしたが、訳者が小野寺健だったこと。私が東大の教養学部に学んでいたとき、小野寺氏が東大に出講していて、英文講読の授業をとったことがあったからです。そのとき . . . 本文を読む
昨年結婚した長女は、現在岩手で在宅勤務。月に1度、約1週間だけ東京に出張し、六本木の本社に通います。 昨年末は12月の最終週が東京勤務にあたり、年末は実家に帰っていました。夫は医療技師で盛岡の病院に勤務。緊急医療対応もあり、年末年始に長期休暇がとれないので、帰ってきたのは長女だけ。 次女のほうは夫婦そろって帰ってきました。島根の義母もこちらに来たので、年末はけっこう賑やかでした。 長女は年が明け . . . 本文を読む
インドネシア語の学習書に決まって出てくるのが次のような語呂合わせ。レストランに入ったら、人はオラン(orang)し、飯(めし)はナシ(nasi)。魚はイカン(ikan)、スープは外(soto)。食べるものが何もないかというと、菓子だけはクエ(kue)だって。 これで、orang=人、nasi=ご飯、ikan=魚、soto=スープ、kue=お菓子の5つの単語を覚えることができます。 どの言語も、探 . . . 本文を読む
明けましておめでとうございます。 2013年から昨年の半ばまで、ミャンマーに関心を持ち、ミャンマー語の勉強を続けてきましたが、昨年後半から、インドネシアに関心が移り始め、ミャンマー語の学習を中断してインドネシア語の学習に切り替えました。 最も大きな理由は、ミャンマーへの関心が個人的なものに過ぎなかったのが、インドネシア語は業務上の必要性があるということです。 今年は、インドネシアへの業務出張も増え . . . 本文を読む