
昨日は良く飲んだ。ビール一杯で泥酔する私にしては、ビール、ビール、ブラッディーマリー、レッドアイ、みんなの飲んでたグレープフルーツのお酒×2、ジンライム・・・以上かな?泥酔状態なのに、よく覚えている?なぜかというと・・・おでんの「チクワブ」を食べたからか?いつもと違うのは、その点しかない。
日本人の常識として、関西には「チクワブ」の文化がない。東京に「明石焼き」の文化がないのと同じ道理である。えてして、全国に伝播していない地元文化には、強力な「浄化作用」というものがあるものだ。「くさや」もしかり。きっと、地元の人が、その食文化の優位性を認知し、それを外部に漏らすまいという「閉鎖された文化継承」がされてきたのであろう・・・。
って、なに「チクワブ」にハマってんだよ!みんなの「チクワブ」なのに、私が全て食べてしまった・・・。フラ夫の秘儀「一点喰い占め」である。おでんは「チクワブ」、お寿司は「シャコ」。ネタ切れになるまで「喰い占め」るので、店主にとっては「いい迷惑」である・・・。まだ、回転すしがなかった?時代、すし屋のシャコを「喰い占め」て、後に入ってきたお客様が「シャコないの?こんなに早い時間に!」と怒っていたのは、申し訳なかった・・・。
そもそも、親の話によると・・・子どものときに、岡山の日生に旅行に行った私は、地元の漁師が浜でシャコを茹でているのに本能的に近づいて、その愛くるしい(子どものときは、かわいかった・・・そうだ)眼差しで、漁師に「ニコッ!」と笑いかけ、大量のシャコを得たそうだ。「参考文献:フラ夫人生録岡山シャコ事件より」
父親が単身赴任で九州にいたときも、休みに九州に遊びに行き、観光するわけだが、佐賀県の某所で「シャコ」が売っているいた!その日の、旅行は、その場で終了!袋一杯のシャコを買占め、特急で博多のマンションに帰宅。鍋に火をかけ、グツグツいってきたら、「シャコちゃ~ん、お風呂ですよ~」と、魔女裁判の釜茹でのごとく、シャコをドンドン掘り込む、掘り込む・・・意外に残酷かも。
ナウシカが「オウムを殺さないで~」というシーンに涙する私も、シャコだけは「おいしい食材」に見えてしまうから不思議である。
前振りだけで、1000文字近くなったが、二日酔いであまり思考回路が十分でないのでお許しください。さて、今、カセットでアリランを聞いている。アリランとは韓国の民謡で知っている方も多かろう。このアリラン、何度聞いただろうか。カセットの箱が、こんなにボロボロになるまで、それこそ端が擦り切れるまできいている。
そう、最初の韓国旅行は「このアリランのカセットを買ため」に行ったのだ。このカセットの韓国語は「ハンクッコチョンミンヨトックソン=韓国古典民謡特選」ということだ。
当時、今の韓流ブームを先取りしていた私(って、88オリンピック以前の頃だよ!20年も先取りは凄い?)は、韓国の文化に触れたくて、民謡を買った。アリランって1つではない。その土地土地にアリランがある(密陽アリランとかね)。
ほんとうに、当時は「韓国を学ぶこと」さえ、差別・偏見の対象になっていた。大体、学ぶところがない。教材もない。大阪の鶴橋とかに行かないとない。私は大学院を目指していた留学生の友人朴さんに韓国語の教科書をいただいたので、コツコツ勉強していたが、やはり、もっと本が欲しいという欲求が高くなり、現地に飛んだ(いや、船で行って、帰りだけ飛行機・・・)。
そして、ダンボール一杯の本を買占め、ウチェクッ(郵便局)から郵送で日本に送ったのでした。当時の本の一部はまだ手元にあります。
このカセットもそのとき買ったもの。あと数年で20年のお付き合いですね。アリランとかトラジとか入っています。製造年月日は・・・・1980年9月30日!
アリランよ、本当にありがとう。この曲がなければ、今の私の韓国が好きという気持も、ハングルへの情熱も、ありえなかっただろう。
日本人の常識として、関西には「チクワブ」の文化がない。東京に「明石焼き」の文化がないのと同じ道理である。えてして、全国に伝播していない地元文化には、強力な「浄化作用」というものがあるものだ。「くさや」もしかり。きっと、地元の人が、その食文化の優位性を認知し、それを外部に漏らすまいという「閉鎖された文化継承」がされてきたのであろう・・・。
って、なに「チクワブ」にハマってんだよ!みんなの「チクワブ」なのに、私が全て食べてしまった・・・。フラ夫の秘儀「一点喰い占め」である。おでんは「チクワブ」、お寿司は「シャコ」。ネタ切れになるまで「喰い占め」るので、店主にとっては「いい迷惑」である・・・。まだ、回転すしがなかった?時代、すし屋のシャコを「喰い占め」て、後に入ってきたお客様が「シャコないの?こんなに早い時間に!」と怒っていたのは、申し訳なかった・・・。
そもそも、親の話によると・・・子どものときに、岡山の日生に旅行に行った私は、地元の漁師が浜でシャコを茹でているのに本能的に近づいて、その愛くるしい(子どものときは、かわいかった・・・そうだ)眼差しで、漁師に「ニコッ!」と笑いかけ、大量のシャコを得たそうだ。「参考文献:フラ夫人生録岡山シャコ事件より」
父親が単身赴任で九州にいたときも、休みに九州に遊びに行き、観光するわけだが、佐賀県の某所で「シャコ」が売っているいた!その日の、旅行は、その場で終了!袋一杯のシャコを買占め、特急で博多のマンションに帰宅。鍋に火をかけ、グツグツいってきたら、「シャコちゃ~ん、お風呂ですよ~」と、魔女裁判の釜茹でのごとく、シャコをドンドン掘り込む、掘り込む・・・意外に残酷かも。
ナウシカが「オウムを殺さないで~」というシーンに涙する私も、シャコだけは「おいしい食材」に見えてしまうから不思議である。
前振りだけで、1000文字近くなったが、二日酔いであまり思考回路が十分でないのでお許しください。さて、今、カセットでアリランを聞いている。アリランとは韓国の民謡で知っている方も多かろう。このアリラン、何度聞いただろうか。カセットの箱が、こんなにボロボロになるまで、それこそ端が擦り切れるまできいている。
そう、最初の韓国旅行は「このアリランのカセットを買ため」に行ったのだ。このカセットの韓国語は「ハンクッコチョンミンヨトックソン=韓国古典民謡特選」ということだ。
当時、今の韓流ブームを先取りしていた私(って、88オリンピック以前の頃だよ!20年も先取りは凄い?)は、韓国の文化に触れたくて、民謡を買った。アリランって1つではない。その土地土地にアリランがある(密陽アリランとかね)。
ほんとうに、当時は「韓国を学ぶこと」さえ、差別・偏見の対象になっていた。大体、学ぶところがない。教材もない。大阪の鶴橋とかに行かないとない。私は大学院を目指していた留学生の友人朴さんに韓国語の教科書をいただいたので、コツコツ勉強していたが、やはり、もっと本が欲しいという欲求が高くなり、現地に飛んだ(いや、船で行って、帰りだけ飛行機・・・)。
そして、ダンボール一杯の本を買占め、ウチェクッ(郵便局)から郵送で日本に送ったのでした。当時の本の一部はまだ手元にあります。
このカセットもそのとき買ったもの。あと数年で20年のお付き合いですね。アリランとかトラジとか入っています。製造年月日は・・・・1980年9月30日!
アリランよ、本当にありがとう。この曲がなければ、今の私の韓国が好きという気持も、ハングルへの情熱も、ありえなかっただろう。