ユーパトリウムの種。
11月はきらきらするものがいっぱい。朝の庭にいるだけで幸せな気分になれる。
ヒメジソの穂も、きらきら。
ホトトギスの、光に透ける青い実。
これ、これ! これを見たくて1年待ったのだ。
キツネササゲのはじけた莢と、藍色の種。
新着ビオラ、その1。
その2。
この時期、ビオラはどんどん新しいものが出るので、買って帰ったあとで、この色あと2つくらい欲しいな、などと思っても、次に行ったときにはもうみつからない。
花がらはこまめに摘むように、と書いてあり、それは面倒ではないけれど、せっかくいっしょうけんめい咲いて種をつくろうとしているのに…とついつい思ってしまう。もともと園芸向きではないんだな。
わたしは花を見るのはもちろん好きだけれど、咲き終えて種になったもの、なろうとしているものを見るのがほんとうに好き。晩秋はいちばん良い季節だ。
たくさん…に見えるかな? リュウノウギクが見ごろ。
本日の収穫。
なんと、まだあったのかゴーヤ。お一人様サイズ。
30秒の差で夕焼けに乗り遅れた。
寒いけれど、まだストーブ焚くほどではないか、というとき、自室の床暖房をつけることがある。
直火の薪ストーブに比べれば、なまぬるいというか薄ぼんやりした熱で、部屋全体には行き渡らない。それでも床の冷たさがなくなるだけで、だいぶ違う。
この暖房のスイッチが変なところにあって…いや、もともと壁のしかるべき位置についているのだが、その前にわたしが棚を置いてしまったため、とても見えにくい。
音もしないし風もこない暖房だから、ぽちっと点灯している小さいランプを見過ごすと、ついていることを忘れやすい。一度、つけっぱなしで2時間くらい買い物に行ってしまったことがあり、気をつけなければと思っていた。
では、どうしたらスイッチを切るのを忘れないでしょうか。
階下にも同じ床暖があり、Mが神社の絵馬のような板に絵を描いて、パネルの横にぶら下げている。おもては赤(ON)うらは青(OFF)。スイッチを入れたら、ひっくり返して赤にする。切ったら青に戻す。出入口なので目につきやすい。(というのが上の画像です)
この方式は、しかし、わたしの部屋ではうまく機能しない。
なにしろ壁面に余白がない。全体に色がごちゃごちゃしているので、何か置いたり吊るしたりしても埋没してしまう。
あちこち試してみたけれど、部屋を出るときに必ず目がいくポイントというのが、わたしの場合、ないような気がする。どこも見ていないのか、見ても認識していないのか、両方か。
そういえば、部屋を出て階下に行くときなど、階段を下りきってから「あ、下りてきたんだ」と気づくことがあり、そこまで無意識に移動しているのだろう。なんだか幽霊みたいだ。
(本職の幽霊はもっとしっかりしてるかな)
今シーズンは、名案を思いついた。
ぬいぐるみのクマのマスコットを、スイッチパネルの前に置いておく。スイッチを入れると同時に、それを取って、仕事机に持ってくる。
マスコットといってもテニスボールくらいの大きさがあるので、机の上にのっていると気になる。ちょっと邪魔。でも、いらいらするほど邪魔ではない。
オレンジ系のふわふわが「暖房」のイメージと結びつき、意味をすぐ思い出させてくれる。
「いい考えでしょう!」とMに言ったら、「それでも忘れるんじゃない? 紐つけて首からぶら下げておけば」と言われた。なるほど。
というわけで、最近ときどきクマさんをぶら下げている閑猫です。
しかし、人間というのは何ごとにも慣れるもので、これも使うたびになじみ、だんだん邪魔でなくなってきたような…。
郵便や宅配の人が来て玄関に出るとき、クマさんはずすの忘れないようにしないと。
本日のクレ坊。
おひざで甘々タイム。