日本政府のTPP参加検討に対する問題提起
−日本医師会の見解− 2010年12月1日
日本が今後TPPに参加した場合の懸念事項
1.日本での混合診療の全面解禁(事後チェックの問題を含む)により公的
医療保険の給付範囲が縮小する
日本の医療は、市場原理主義を導入することが求められてきた。そのひと
つが混合診療の全面解禁である。混合診療を全面解禁すれば、診療報酬によ
らない自由価格の医療市場が拡大する。これは外資を含む民間資本に対し、
魅力的かつ大きな市場が開放されることを意味する。しかし、それに呼応し
て、公的医療保険の給付範囲が縮小され、社会保障が後退する。
また自由価格の市場では、医薬品や医療機器も高騰し、所得によって受け
られる医療に格差が生じることになる。
2.医療の事後チェック等により公的医療保険の安全性が低下する
産業界は、市場参入障壁の撤廃を求めており、規制改革は、医療に「事後
チェック」を持ち込もうとしている。もちろん、ドラッグラグ、デバイスラ
グの解決、海外承認国内未承認薬の公知申請の是非など解決すべき課題は多
いが、日本は国民皆保険の下で、公的保険の給付範囲、医療の安全性、有効
性を維持してきた。すべての国民が支える公的医療保険であるからこそ、安
全性、有効性を慎重に確認し、それでも生じた問題は国民(国)が補償して
きた。経済成長ありきの市場開放や「事後チェック」は、国民皆保険の理念
をないがしろにするものである。
3.株式会社の医療機関経営への参入を通じて患者の不利益が拡大する
TPPの目指す分野のひとつは「投資」である。混合診療の全面解禁によっ
て創出された自由価格の医療市場は、外資を含む株式会社にとって、魅力的
な投資先である。しかし営利を追及しない医療法人に比べて、株式会社は配
当のために、より大きな利益を確保する必要がある。そこで、次のような問
題が生じるおそれがある。
医療への株式会社参入の問題点
① 医療の質の低下
保険診療において、コスト圧縮と医療の質を両立させることは、非
常に困難である。収入増やコスト圧縮を追求するあまり、乱診乱療、
粗診粗療が行なわれかねず、安全性が低下する懸念がある。
② 不採算部門等からの撤退
利益を追求するため、不採算な患者や部門、地域から撤退すること
はもちろん、医療機関経営自体から撤退することもある。
③ 公的医療保険範囲の縮小
コスト圧縮にも限界がある。そこで、株式会社は政策的に医療費が
抑制されない自由診療の増収を図ろうとし、公的医療保険の給付範囲
の縮小、自由診療市場の拡大を後押しする。
④ 患者の選別
本業が保険、金融業などの株式会社の場合、患者情報を顧客情報と
して活用できる。医療、民間保険、金融といった資本の輪が完成すれ
ば、患者(顧客)の選別、囲い込みは容易である。そして、いつでも、
どこでも、同じ医療を受けられる権利は失われる。
⑤ 患者負担の増大
株式会社が医療に参入した地域では、競争原理上、他の医療法人の
株式会社化が進んでいく。株式会社がそろって利益を追求すれば、医
療費が高騰する。保険料や患者負担も増大し、低所得者が医療から締
め出される。
4.医師、看護師、患者の国際的な移動が医師不足・医師偏在に拍車をかけ、
さらに地域医療を崩壊させる
TPPによって、現在、一部のEPAで進められている外国人看護師、介護
福祉士の受け入れだけでなく、クロスライセンスによる医師、医療関係職種
の国際的な移動が進む。優秀な人材は、国際社会からの投資が集中した地
域(たとえば現在検討されている特区のような地域が一般化する)に集約さ
れ、国際的にも、国内でも医師の不足と偏在に拍車がかかる。市場としての
魅力がない地域では、地域医療が完全に崩壊するおそれがある。
外国人患者の受け入れについては、具体的な予算要求も行なわれた。当面
は、富裕層が自由価格で検査を受けることが想定されているが、保険診療で
受診している多くの日本人の患者の検査等が後回しにされるおそれがある。
さらに、日本人患者の中からも、検査だけであれば自己負担するので優先的
に検査してほしいという意見も出てくる。これらの意見が、混合診療の全面
解禁を後押しし、所得によって受けられる医療に格差がある社会に向かうこ
医師会の懸念が現実のものとなれば、(一部富裕層を除く)国民に不利益が
及ぶことになります。
公的医療保険の給付範囲が縮小されれば、問診票に「健康保険保険内の治療
を希望する/健康保険外の治療も希望する」などといった質問項目が加わる
かもしれません。
保険会社は公的医療保険でカバーされない治療に対応した保険の販売に乗り
出すでしょうが、加入を希望しても、既往症などの問題で、門前払いされる
という事態も考えられます。