シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「正体」(2024年 日本映画)

2024年12月18日 | 映画の感想・批評
 藤井道人監督と主演の横浜流星は、長編劇場映画では「青の帰り道」(2018年)「ヴィレッジ」(2023年)に続き3度目のタッグとなる。既に数年前から準備を進めてきた企画で、共に思い入れのある作品だという。中学時代には空手で世界王者となり、昨年はボクシングのプロテストに合格した横浜流星の、身体能力の高さがこの作品では十二分に生かされている。原作は10万部を超えるベストセラーとなっているが、残念ながら未読である。
 一家3人を惨殺した事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木(横浜流星)がある決意を持って脱走する。逃亡を続け日本各地に潜伏する鏑木と出会った、和也(森本慎太郎)沙耶香(吉岡里帆)舞(山田杏奈)。鏑木を追う刑事の又貫(山田孝之)は彼らを取り調べるが、各々が出会った鏑木は全く別人のような姿だった。顔を変えながら逃走を繰り返す343日間。鏑木の真の目的がやがて明らかになっていくのだが……。
 横浜流星の変身が鮮やかである。工事現場の作業員やフリーライター、介護施設のスタッフと全く別人のように見える。かつて顔を整形して逃亡を続けた殺人犯がいた。2年7ヵ月という長期にわたり逃亡を続け、その後逮捕され無期懲役の判決が下っている。日本の警察は優秀である。とは言え誤認逮捕、冤罪もある。その冤罪により長年苦しめられてきた人々も少なからずいる。「鏑木には動機がない」という警察情報が、サスペンスの要素も孕んで観客を最後まで引っ張っていく。
 俳優陣が各々に奮っている。なかでも山田孝之の存在感が際立っている。台詞は少ないが、警察組織内での圧力と戦いながら職務を全うしようとする使命感が、身体全体から滲み出ている。怖いが、どこか信頼出来る人物だとも感じられる。鏑木の逮捕時には右肩を狙って撃つ場面にホッとする。鏑木の働いていた水産加工工場では責任者役の遠藤雄弥を発見する。小路紘史監督の「辰巳」で、主人公の辰巳役が素敵だった。その他にもetc.俳優陣の層が厚い。
 「信じたかったんです、この世界を。」ラストシーンで鏑木が法廷で放つこの言葉は、生きたいと強く願うことが希薄な時代だからこそ、胸に染み渡る。思いがけない状況に追い込まれたことで生きる力を得た一人の青年の成長物語として観ると、藤井道人監督の作家性を保ちつつ、エンタメ作品としても楽しめる作品になっている。
 エンドロールで流れる主題歌、ヨルシカの「太陽」がとてもいい。ちょっと文学的な歌詞と透明感のある歌声に、ラストシーンの余韻にいつまでも浸っていたくなる。(春雷)

監督:藤井道人
脚本:小寺和久、藤井道人
原作:染井為人「正体」
撮影:川上智之
出演:横浜流星、吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、前田公輝、田島亮、遠藤雄弥、宮﨑優、森田甘路、西田尚美、山中崇、宇野祥平、駿河太郎、木野花、田中哲司、原日出子、松重豊、山田孝之


最新の画像もっと見る

コメントを投稿