それにしても、このとぼけた北欧流のユーモアは病みつきになるかもしれない。スウェーデン映画の期待の星ロイ・アンダーソンという異才が紡ぎだすコント風のエピソードの積み重ねがおかしくも哀しい。
たとえば、冒頭、日常の夕餉前のごくふつうに見られる家庭の光景。台所では妻がせっせと夕飯の仕度に余念がなく、ひとつ隔てた部屋で手持ち無沙汰の亭主が食卓に置かれたワインを取り上げ、栓を抜いて準備にかかろうとする。ところが、これが容易に抜けない。あの手この手を尽くすが栓は微動だにしないのである。と、突然、旦那は胸を押さえてその場に倒れこむ。心臓発作でも起こしたのだろう。何も知らない妻は鼻歌まじりに料理の手をとめないという人生の苦いひとこま。あるいは、冴えないふたり組の中年セールスマンが吸血鬼の牙だとか、笑い袋だとか、気味の悪いマスクだとかを売り歩き、いっこう売れない話は見ているこちらにはおかしいのだが、当人たちは真面目だからほのぼのと哀愁が漂う。あるいはまた、スウェーデン国王カール12世がロシア遠征の途次に立ち寄った酒場。露払いの将校が酒場にいた女性客を全員追い払うという伏線が敷かれ、そこへ乗り込んできた若き国王がソーダ水を所望し、できればそこにいるハンサムなボーイ君についでもらえまいか、と注文したあと、うつろな目でボーイを見つめながらその手に手を重ね合わせる挿話は何とも奇妙な味だ。
18世紀頃から現代まで、とりとめのないエピソードが連ねられていくのだが、中には人類の残酷の歴史を告発する風な話もあって、何人もの黒人奴隷を巨大なタンクに押し込んで下から炙るとか、実験室で固定された猿の頭部に電流を流すとか、ブラック・ユーモアに包まれた文明批判である。
終始カメラを固定して撮っていて、ひとつのエピソードの間はカット割りをしないという自己ルールがあるかのような禁欲的なスタイルが特徴だ。それと、独特の間。北野武も句点のような間を多用するが、アンダーソンは句読点の間といえばよいか、これが巧まざるユーモアを醸しだす。第71回ヴェネチア国際映画祭で金賞を受賞した異色作である。(健)
原題:En duva satt på en gren och funderade på tillvaron
監督・脚本:ロイ・アンダーソン
撮影:イストバン・ボルバス
出演:ホルガー・アンダーソン、ニルス・ウェストブロム、カルロッタ・ラーソン、ヴィクトル・ギュレンバリ、ロッティ・トーノルス、ヨナス・ゲホルン、オラ・ステンソン
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