コメント(私見):
地方の公的病院では、いくら努力しても、必要な常勤医師数をすべて自前でまかなうのは非常に困難だと思います。やはり、従来通り、医師供給源として、ある程度は大学病院に依存せざるを得ません。
産婦人科の場合は、いつお産になるか全くわからないので、分娩件数が多かろうが少なかろうが、24時間体制で誰かが常に病院の近辺に拘束されます。例えば、年間分娩件数が150件程度の施設だと、平均すれば分娩は2~3日に1件程度しかないので、分娩に備えてずっと病院内に張り付いていたとしても、実質何日もほとんど手持ち無沙汰のこともあるかもしれません。しかし、いくら仕事がなくても、いざという時に備えて病院から離れることができません。そして、いざお産が始まって、いよいよ産婦人科医の出番だと思って張り切っても、分娩経過が異常化した場合は、常勤産婦人科医1人だけでは十分に対応できず、人手が十分に整っている施設に救急車で母体搬送せざるを得ないかもしれません。
****** 読売新聞、群馬、2009年1月7日
小児科医13人引き揚げ
群大医会方針、9病院から
群馬大が館林厚生病院(館林市)など関連病院への常勤医の派遣数の縮小を検討している問題で、同大小児科医会が6日夜に同大で開かれ、来年度は、同病院など最大で9病院から計13人を引き揚げることを決めた。県内では、最大で8病院の11人が引き揚げられ、うち館林厚生は、現在の2人から0人となるため、入院治療ができなくなる見通しとなった。
◆館林厚生、入院不可能に
同医会によると、来年度の常勤医の派遣数は、館林厚生が2人減となるほか、公立富岡総合病院(富岡市)が3人から2人(1人減)、県立小児医療センター(渋川市)が13人から11人(2人減)、同大医学部付属病院が18人から16人(2人減)など。佐久総合病院(長野県佐久市)も、4人から2人になる。ほかの県内4病院については、常勤医の意向に未確定の部分があるため、公表を控えた。
同医会には関連病院への派遣も含め、小児科医77人が所属。出産や開業などで3月末に離職者や常勤を外れる医師が十数人出るため、派遣先の縮小を検討していた。
同日夜に記者会見した同大小児科の荒川浩一診療科長は「医会で、『苦渋の選択で、派遣できない』という現状を説明した。非常勤で補えるよう検討したい」と話した。
一方、館林厚生のある邑楽館林地区の1市5町は、同大と県に約12万9000人分の署名を提出し、医師確保を依頼してきた。館林市の安楽岡一雄市長は「大学からの正式な話は伺っていない」とした上で、「署名の重みを真摯(しんし)に受け止めてもらえなかったことは大変遺憾。住民が不安を募らせることのないよう、今後も小児科が維持できるように全力で取り組む」とのコメントを出した。
(読売新聞、群馬、2009年1月7日)
****** 毎日新聞、群馬、2009年1月8日
医療過疎:/5 小児救急
◇勤務医減り崩壊寸前
「急患です」。受話器を手に診察室に駆け込んできた看護師から年齢や簡単な症状を聞くと、医師は泣き叫ぶ子供に注射針を刺した。昨年12月の休日、渋川市にある小児専門病院「県立小児医療センター」。ここでは休日や夜間の時間外でも、待合室が静かになることはほとんどない。
同センターでは休日の午前8時半~午後5時半を日直、平日も含め午後5時半~翌午前8時半を当直と呼ぶ。日・当直は、内科と外科をそれぞれ医師1人で対応する。この日、内科日直の江原佳史医師(28)は、午前中だけで下痢を訴えた心臓病の男児(2)ら3人を診察。検査も含めると1人の患者に1時間以上を要し、昼食時間も確保できなかった。「患者が多い時は水も飲めない。こちらが脱水症状になりそうな時もある」と苦笑する。
こうした時間外の患者に対応する小児救急は「輪番」と呼ばれる当番制で、中毛、東毛、西毛、北毛の4地区ごとに担当病院を割り振ってある。北毛(渋川市、吾妻郡、利根郡)は06年4月、原町赤十字病院(東吾妻町)に小児科の常勤医が不在となって以来、同センターと利根中央病院(沼田市)の2院が輪番を担当。医師数や病院の規模から、8割を同センターが受け持っている。
同センターの内科医は13人。このうち約半分を占める20~30代の若手医師は月に4~5日は日直か当直に入る。翌日も通常通りの勤務となるため、若手に疲労が蓄積していく。同センターは群馬大医学部付属病院と並び、重症患者を診る小児3次救急病院に指定されており、年を追うごとに業務は増える一方だ。
それでも、同センターの医師増員は望み薄だ。背景には、勤務医不足の厳しい現状がある。県医務課によると、県内の小児科勤務医は06年末に115人、4年前と比べ19人減った。全体の医師数は微増しているのに、小児科や産婦人科などの勤務医は減少が目立つ。原町赤十字の例を引くまでもなく、小児救急の現場は危機的な状況だ。
同センターの丸山健一副院長は「現状では勤務医は肉体的、精神的にきつく、若手の開業医志向を助長してしまう。専門性を高めて、勤務医の良さをアピールしないと今後、小児救急は本当に崩壊してしまう」と警鐘を鳴らす。
県は08年度、県内の小児科、産婦人科、麻酔科で勤務医として働く意思のある大学院生と研修医に月15万円の奨学金を貸与し、実際に勤務したら返済を免除する制度を始めた。
しかし、募集枠30人に対し応募はわずか1人。再募集への反応も鈍く、問題の深刻さを際立たせている。
(毎日新聞、群馬、2009年1月8日)
****** 毎日新聞、群馬、2009年1月9日
医療過疎:/6 産婦人科医
◇地域から消える産声
長野原町応桑の主婦、安済真由美さん(33)の大きく張ったおなかには、4人目の赤ちゃんが宿る。これまでの3人と同様に、同町の西吾妻福祉病院に入院して出産に備えている。「何かあれば家族が来てくれる。近くの病院は安心できる」
ところが、産婦人科医の不足が進んだ地域では、かつて当たり前だった「自宅近くでの出産」や「里帰り出産」に、黄信号がともっている。
吾妻郡では05年4月、それまで中心的な存在だった原町赤十字病院(東吾妻町)から、産婦人科の常勤医がいなくなった。その後は西吾妻福祉病院が、常勤医のいる唯一の公立病院となったが、その数はわずか1人。倉澤剛太郎医師(39)が開業医のけんもち医院(中之条町)と連携をとりながら、年間100-150人の分娩(ぶんべん)を担っている。
常勤医が1人になった07年4月から、倉澤医師に休みはほとんどない。分娩の3分の2は時間外だ。分娩が始まれば携帯電話で呼び出され、初産だと丸一日かかることもある。2人の分娩に同時に立ち会ったりもする。相談できる医師がいないため、不安になることも少なくない。
「辞めたいと思うこともあった。でもここで産みたいという人の声を無視できない」。常勤医が1人補充される今春までの辛抱と言い聞かせてきた。
県内の産婦人科の勤務医は06年末で72人と、4年前から17人減った。勤務の過酷さに加え、訴訟に発展することもある出産時のリスクを懸念する若い医師が、開業医や他の診療科に流出してしまっているのが現状だ。
地域による偏在も目立つ。前橋医療圏の32人に対し、富岡は4人、吾妻はわずか2人。郡部の数少ない分娩台が埋まった時、都市部への搬送にどのぐらい時間がかかるか。一刻を争う場合も想定され、妊婦の不安も募る。
倉澤医師は「地域とお産は切っても切れない。特殊な診療科になってしまった産婦人科を、総合医やかかりつけ医と連携させられれば」と、地域医療と産婦人科の融合の必要性を指摘する。
だが、即効性のある対策が見当たらないのも事実だ。県医務課は「報酬も含め産婦人科の労働条件を改善し、やる気のある医師を地道に集める以外にとるべき方法はない」と話す。
(毎日新聞、群馬、2009年1月9日)
****** 毎日新聞、群馬、2009年1月11日
医療過疎:/8 群馬大
◇悪循環陥る研修制度
「住民の命を守る最後のとりで。なんとかお願いしたい」
08年12月、館林市の安楽岡一雄市長らが群馬大を訪れ、館林厚生病院の小児科医確保を要望した。群馬大小児科医会が同病院への常勤医2人の派遣を08年度末で取りやめ、同病院の小児科常勤医が不在となる恐れが表面化したためだ。
群馬大は診療科ごとに出身医師や協定先の病院の医師で「医会」を構成し、人員が手薄な地域の病院に医師を派遣している。群馬大自身に余力がなくなれば当然、取りやめざるを得ない。その大きな要因として、04年度に始まった臨床研修制度の存在が指摘される。
この制度では研修先を研修生が自由に選べるため、内容が決まっている初期研修は給与や環境面が良い首都圏の病院に人気が集中した。群馬大では03年度に104人いた新規研修医は、08年度に27人にまで落ち込んだ。
初期で集められないと、後期研修医の確保は難しく、さらには、その後の勤務医減少につながる懸念もある。館林厚生病院の問題は、あくまで一例に過ぎない。
県内の山間地は、へき地診療所や開業医の医師が支えている。ただ、彼らの活躍は、何かあればすぐに患者を転送できる地域の中核的な病院のサポートがあってのものだ。群馬大の弱体化は、そのまま地域の医療水準に跳ね返る。
県のへき地医療対策協議会の委員でもある群馬大の小山洋教授(公衆衛生学)は「今の状況では、若い医師に地域医療をやらせる余力がない。地域で総合医をやりたいという意思のある若手は他の病院を選んでしまう。そうすると、人手不足は悪化する」と悪循環を指摘する。
小山教授が描く理想は、群馬大が県内の地域医療を担うことだ。「へき地医療も自治医科大学に頼らず、その地域が自分たちの手でやるのが望ましい。そのためにも、群馬大は医師確保を進めなくてはならない」と話す。
医師不足を招いたとの批判もある臨床研修制度だが、ここにきて見直しの動きもある。厚生労働省と文部科学省は、2年の研修期間を1年に短縮し、2年目から将来専門とする診療科に入るという案を専門家による検討会に提示した。
導入から5年。制度改正の大きな波に、地域の医療は大きく揺れ動いている。
(毎日新聞、群馬、2009年1月11日)
****** 産経新聞、2009年1月9日
群大病院、内科医5人引き揚げを利根中央病院に打診
群馬大学医学部付属病院(前橋市)が、利根中央病院(沼田市)に派遣している内科医5人について、今年度限りの引き揚げを打診していることが8日、分かった。消化器系担当の常勤医が4月以降、不在となる恐れがあり、同病院は周辺病院との調整を急ぐ。医師派遣をめぐっては、群大病院が県内外に派遣する常勤小児科医を11人縮小する計画をまとめたばかり。深刻な医師不足の実態がさらに浮き彫りになった。
利根中央病院によると、昨年10月、群大病院の内科医会から、消化器系を担当する医師ら5人の引き揚げを打診された。利根中央病院は今年度末、別の内科医3人が離退職予定。現在17人の内科医が、院長を含め9人まで減少するという。
同病院は、利根郡や沼田市で緊急搬送される患者の半数以上に対応。内科では外来患者や約130人の入院患者を抱えるが、今回の打診を受け、一部の転院などを検討。引き揚げが実施されれば、時間外診療の縮小や午後の外来受け付け廃止に追い込まれるという。
同地区の救急業務を運営する利根沼田広域市町村圏振興整備組合は「山間地域などの救急医療の根幹にかかわる問題」とし、派遣維持を求めていく方針。
(産経新聞、2009年1月9日)
****** 毎日新聞、広島、2009年1月4日
働く:第1部 逆風の中で/1 産婦人科医
急激に悪化した経済状況の中、労働環境は逆風の中にある。解雇、低賃金、長時間労働、人手不足、経営難……。厳しい環境の中で人々は今、何のために働くのか。さまざまな「働く現場」をルポすると同時に、人々が生きる姿を通して「働く」意味を考えたい。
◇出産・子育て、悩む女医
「元気に育ってますよ」。妊婦の腹にエコーを当てると、画面に赤ちゃんの成長が映し出される。「ほっとしました」。妊婦が柔らかな表情で答える。広島大学病院(南区)の産科婦人科で働く中前里香子さん(35)=中区=の表情もほころぶ。産科婦人科は女性医が多く、医師不足が深刻だ。
中前さんは、07年6月に長女を出産し、1年間の産休・育休を取得。現在は、外来・入院患者を診察すると同時に、新生児脳障害の研究に取り組む。
県内の病院で勤務していた04年、整形外科医の夫と結婚。当初から仕事を続けようと考え、06年に広大病院に移って以降も旧姓の「島筒」で働く。今は子育てと仕事の両立に悩む。
出産前は当直勤務があった。深夜、仮眠中に入院患者の胎盤はく離が。赤ちゃんの心拍数が低下した。緊急手術だ。中前さんが帝王切開し、赤ちゃんを取り出した。「夜の緊急手術はよくあります」
復帰後は当直免除だが、午前1時まで東区の実家に子どもを預けて働いたこともある。腹痛を訴える急患が来院、午後9時に緊急手術が決まった。手術が終わると、日付けが変わった。一息つく間もなく、携帯電話で「もう寝ついた?」。子どもを迎えに走った。病院は実家の近く。「自分はまだ恵まれている」と思う。
高齢出産や低体重児など医療高度化が、訴訟リスクを高めた側面もあり、現場に無言の圧力を加える。
近年、医師の国家試験合格者の3割が女性だ。小児科や産婦人科だと、20~30代前半の約半分を占める。県医師会によると、出産を機に女性医師の半数が辞職や休職、パートなど勤務形態を変える。医師不足で産休は取りにくく、退職する人も多いという悪循環。全国の産科救急病院で患者を十分に受け入れることができない原因の一つが、女性医師の早期退職。一方で、患者すべてが女性ということもあり、女性産婦人科医は患者に好評だ。
「先生の名前を付けていいですか」。妊婦検診から出産まで担当した患者の一言が忘れられない。中前さんの職場は“いのち”の現場だ。生命の誕生に立ち会い、患者と喜びと苦しみを共有する。死にも立ち会った。障害を持って生まれた赤ちゃん、がんを患った女性……。
「新しいことを知ったり、目標とする先輩に近づいていく。それがやりがい」。自分の成長が分かるのが働く喜びだ。
気持ちがへこんだ時、携帯電話の待ち受け画面を見る。長女がほほ笑む。保育園に迎えに行けば、待ちきれずに走って抱きついてくる。その姿で、仕事のストレスはすべて癒やされる。【大沢瑞季】
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◇データ
県によると、県内の産科・産婦人科医で1カ月の当直回数が10日以上が34・1%だった(06年)。県内の産科・産婦人科医は229人(06年)で、98年の279人に比べて約2割減少。県内4市6町では、分娩ができる病院がない。
県内の女性医師数は990人(06年)で全体の約15%。育児休業制度や短時間勤務、院内保育所の整備などの支援策はあるが、現実は制度はあっても利用しにくいという。
(毎日新聞、広島、2009年1月4日)