ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

閉鎖する産院 危険負いたくない

2009年10月26日 | 地域周産期医療

産科医療では、一定の比率で、死産、脳性麻痺、大量母体出血、母体死亡などが発生するのは避けられません。従来は、それらの事例を、産婦人科一人医長の施設でも多く扱ってきましたが、今の風潮だと、不可抗力だとしても、どうしても産科医個人の責任が問われることとなりがちです。今後の産科医療は、多くのスタッフを擁する病院のチーム医療が主流となっていくのは避けられないと思います。

****** 中日新聞、2008年7月19日

危機のカルテ 医療現場から 第1部

閉鎖する産院 危険負いたくない

 「凶悪犯と一緒じゃないか」。岐阜県土岐市の産婦人科医、西尾好司(68)は一昨年2月、テレビのニュースを見ながらつぶやいた。警察に連行される医師の姿が映し出されていた。

 全国の産科医に衝撃を与えた「大野病院事件」。福島県立病院の医師が、帝王切開で出産した女性に適切な処置をせずに大量出血で死亡させたとして業務上過失致死容疑で逮捕された。産科婦人科の学会は「診断が難しく、治療の難度も高い」と反発した。

 西尾は30年間、1人で診療所を守り、約9000人の新生児を取り上げた。急な出産で深夜に起こされ、寝られないことはしばしば。朝から通常の診察もあり「72時間労働なんてざらだった」。そんな生活も「産科医として当たり前」と思っていた。

 70歳が近づき、大学病院で働く産科医の長男に後を継ぐように頼んだが、断られた。「帰ってきたら1人でやることになる。危険を負いたくはない」。長男の言葉が耳から消えない。出産時に万一のことがあれば、巨額な損害賠償を求められ、刑事責任をも問われる時代になっていた。西尾は昨年1月、産科の扱いをやめた。

 この年の秋、同じ土岐市の女性(33)が、2人目の分娩の予約を入れるため走り回っていた。「もういっぱい」「前回の帝王切開はうちじゃない」と産院から相次いで断られた。4ヵ所目でようやく予約できた。「お産難民なんて、もっとへき地の話だと思っていた」

 女性は今週、岐阜県瑞浪市の産院で女児を無事出産した。多治見市を含めた岐阜県の東濃西部地方で出産できる施設は、この3年で4ヵ所減り、6ヵ所になった。「こんな状況では、3人目をほしくても、産む気になれない」とこぼす。身近な場所で産みたいという女性の思いは根強い。

 地域の中核を担う県立多治見病院には妊婦が押し寄せる。昨年は、例年より100件ほど多い約500件の出産を手掛けた。医師は定員より1人少ない5人。危険度の高い妊婦の診察や腫瘍手術をしながら、正常分娩も扱う。

 院長舟橋啓臣(64)は「身を削ってやっている」と言いつつ「安全なお産を守るためには近くに産む場所を求めるより、医者を集めることが大切だ」と進むべき道を模索する。

 妊婦と産科医の意識のギャップは大きい。「産科が置かれた状況を、妊婦や住民に分かってもらうしかない」。舟橋は昨年、東濃地方の医師と行政関係者で「考える会」をつくった。市民向けのシンポジウムを催し、ホームページ「お産ネット東濃」を開設した。医師不足の中、地域のお産を守ろうとする努力が続く。【文中敬称略】

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 命を守る医療の現場が、きしみを上げている。過酷な職場から医師が去り、経営に苦しむ病院が続出する。診療縮小であふれた患者がさまよい、さらに別の病院の疲弊を招く「負の連鎖」が続いている。医療の問題をさまざまな角度から探る。

産科医の現状 全国で出産を取り扱う病院、診療所は減少している。厚生労働省によると、昨年12月に3341施設あったが、今年中に少なくとも77施設が休止、制限する見通し。産婦人科医が中心の日本産科婦人科学会の会員は15400人で、10年前より約600人減少。2人に1人が50歳以上で、40歳未満は女性が半数を超える。女性は結婚、出産で現場を離れる傾向があり、将来の産科医不足が懸念される。

(中日新聞、2008年7月19日)