ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

母子感染症:単純ヘルペスウイルス感染症

2010年06月01日 | 周産期医学

・ 単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus: HSV)はⅠ型(HSV-1)とⅡ型(HSV-2)とがあり、Ⅰ型は上半身(口唇、顔面、眼瞼)から、Ⅱ型は下半身(外陰部、腟、頸管、下肢)から分離されることが多い。
・ 皮膚や粘膜に感染し、限局性の水疱性病変を形成する。
・ 初感染でも不顕性感染の形をとる場合もある。
・ 感染局所で増殖したウイルスは末梢神経の軸索を伝わり神経後根細胞に運ばれて宿主の生涯にわたり潜伏する。紫外線、発熱、外傷、免疫抑制、坦癌などでウイルスが再活性化されると、神経の末梢に到達して増殖し神経支配域の皮膚・粘膜に病変を形成する。

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性器ヘルペス感染症

[病態による分類]
初感染
 発症時にHSV抗体が陰性で、症状は激烈である。
誘発型(不顕性初感染後の再活性化)
再発型(顕性初感染後の再活性型)
 ②、③では、すでに抗体を有するため軽症が多い。

[性器ヘルペス感染症の症状]
 強い外陰部痛、外陰の左右対称性の発赤と浅い潰瘍・小水疱、鼠径リンパ節の有痛性腫脹、発熱。不顕性感染も多い。

[感染経路] 接触感染(性感染症)

[潜伏期間] 2~20日間

[診断方法]
・スクリーニング:抗体IgG、IgM
・確認試験:HSV抗原(IFA)、HSV-DNA

[感染期間]
・初感染で2~4週間
・再発で3~7日間

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新生児ヘルペス

分娩時に母体に性器ヘルペスが存在すると、初感染では約50%、誘発型、再発型では1~3%に新生児ヘルペスが発症する。産道感染を予防する必要がある。

[分類]
全身型:生後1週間以内に発症して、肝、腎、肺、脳など全身の臓器に広がり、多臓器不全をきたし、アシクロビルを投与しても57%が死亡する。
中枢神経型:中枢神経に感染して脳炎を起こす。死亡率15%、2/3に重篤な神経学的後遺症が発生。
皮膚型:病変が皮膚、眼、口腔に限局する。

[臨床症状]
ヘルペス性の皮疹の存在は有力な診断の助けにはなるが20~40%には皮疹がみられず、非特異的症状が主である。
全身型:生後10日くらいまでに発症する。発熱、哺乳力弱く、不活発など。皮膚症状はない。多臓器不全を起こす。
中枢神経型:発熱、痙攣、脳炎、髄膜炎症状。
皮膚型:発熱、水疱。

[性器ヘルペス感染妊婦から娩出された新生児に対する対応]
・ 出産時にヘルペス病変がある妊婦からの、あるいは感染が懸念される妊婦からの新生児に対しては、出生時に眼、口腔内、耳孔内、鼻腔内、性器から検体を採取し、ウイルス分離検査とPCR法を行い、慎重に経過観察することが望ましい。
・ 分離培養検査では、結果が出るまでに4~21日かかる場合があるので、結果を待たずに臨床症状で判断しなければならない場合もある。
・ 感染が強く疑われる場合には、とりあえずアシクロビルを投与し、検査結果が陰性であればその時点で中止することになる。

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産婦人科診療ガイドライン産科編2008、p163-166

妊娠中に性器ヘルペス病変を認めた時の対応は?

Answer

1.妊娠初期には、性交を禁止しアシクロビル軟膏塗布を行う。(B)
2.妊娠中・後期の初発では、抗ウイルス療法が勧められる。(B)
3.以下の場合には帝王切開分娩を選択する。
 ①分娩時にヘルペス病変が外陰部にある、あるいはその可能性が高い。(A)
 ②初感染発症から1カ月以内に分娩となる可能性が高い。(C)
 ③再発または初発非初感染発症から1週間以内に分娩となる可能性が高い。(C)
4.新生児ヘルペスの発症に注意する。(B)

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性器ヘルペス合併妊娠の管理

1 .発症時 
 ①診断の確定:
 ウイルス分離、ウイルス抗原やDNAの検出 
 ②臨床型の決定:
 血清抗体の測定(IgG抗体,IgM抗体) 
 ③治療:
 妊娠初期:アシクロビル軟膏による治療
 妊娠中~末期:初発 アシクロビル1g/日7~10日間経口投与
            重症例は入院して静脈内投与
           再発 アシクロビル軟膏塗布
           時にアシクロビル1g/ 日 5日間投与

2 .分娩様式の選択
 ①分娩時に外陰病変あり ………………帝王切開
 ②分娩時に外陰病変なし
    a.初感染…発症より1か月以内……帝王切開
                 1か月以上……経腟分娩
       b.再発型または非初感染初発
                         発症より1週間以内……帝王切開
                                    1週間以上……経腟分娩


母子感染症:水痘

2010年06月01日 | 周産期医学

水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus: VZV)の初感染により水痘(varicella)を発症する。神経根に潜んだVZVの再活性化が帯状疱疹(herpes zoster)を起こす。

[感染経路]
・水痘は飛沫感染または接触感染。
・帯状疱疹からは接触感染。

[潜伏期間] 約2週間(10~20日間)

[診断方法]
・流行状況と特徴的な皮疹。
・水疱内溶液中のVZV抗原の同定(IFA)。
・血清中IgM抗体(感染後6日目から検出される)

[疫学] わが国では小児期に初感染が成立することが多く、成人のVZV抗体保有率は90%前後である。

[症状] 38℃台の発熱、倦怠感、食欲不振、皮疹(3~4mm大の紅色疹)。皮疹は紅疹→丘疹→水疱→膿疱→痂皮と変化し、顔面から始まって全身性に広がる。皮疹にはさまざまな段階が混在する、有毛頭部にも出現するなどの特徴がある。

Varicella1
初期の水痘:紅い点状の小丘疹が出現し、一部露滴状の水疱を形成している。

Varicella2
背中一面に水疱が出現

Varicella3
一部痂皮を形成した状態

[感染期間] 個々の皮疹は4~5日で痂皮を形成し、すべての皮疹の痂皮化には7~10日を要する。

[妊婦周囲で感染者が発見された場合の対応]
小児期の水痘罹患の既往が不確かな場合は,血中IgG 抗体を測定し,感染者の皮疹が痂皮化するまで接触を避ける。

[感染のリスク因子] 家族内や所属する集団内の水痘患者の存在。

[妊娠への影響] 妊婦が水痘に罹患すると水痘肺炎を起こす可能性がある。水痘肺炎は重症であり、アシクロビルの開発前には死亡率40%といわれた。

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先天性水痘症候群(CVS)
congenital varicella syndrome

・妊娠20週未満に母親が妊婦水痘を発症すると、1~2%の児にCVSをひき起こす。
・低出生体重児、皮膚瘢痕、四肢低形成、小頭、脳皮質萎縮、脈絡網膜炎、白内障、自律神経症状などの特徴的な異常が出現する。
・CVSの発生頻度は低く、わが国には未だ報告例がない。

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乳児期帯状疱疹

・妊娠中に水痘に罹患した母親から生まれた児に、児自身の水痘の罹患がないのに帯状疱疹が出現する。
・経胎盤的に感染して神経節に潜伏していたVZVが、乳児期早期に再活性化するためと考えられる。
・英独における調査での頻度は0.7%であった。

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周産期水痘

分娩前後の妊婦が水痘に罹患すると、VZVの経胎盤的感染により24~51%の新生児に水痘が発症する。その潜伏期間は平均10日である。

①母体が水痘を発症してから6日目以降に分娩となった場合は、児は生後0~4日に水痘を発症しうるが、母体の抗体が移行しているため重症化しない。

②分娩5日前~産褥2日に母体が水痘を発症した場合は、児は生後5~10日に発症し、母体の抗体が移行してないため重症化する。(死亡率:30%)

③分娩後3日目以降に母体が水痘を発症した場合は、分娩時の母体血中ウイルス量は少量で経胎盤感染は起こらない。したがって新生児水痘は発症しない。ただし、母体抗体の移行もないため、児は母体から水平感染を受ける危険がある。

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[胎内感染診断法] 臍帯血のIgM 抗体、VZV-DNA。

[垂直感染経路] 経胎盤感染。

[垂直感染率]
・CVS は1~2%
・乳児期帯状疱疹は1%前後
・周産期水痘は24 ~51%

[垂直感染予防法・治療法]
①分娩間近の時期に母体が水痘に罹患した場合は、発症から分娩までの期間ができるだけ延長するようにtocolysis を試みる。
②母体の水痘発症が産褥3 日以降の場合は、皮疹が痂皮化するまで児を母体から隔離する。

[妊婦罹患率] 成人の抗体保有率が95%以上と高いため、妊娠中の罹患は少ない。

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産婦人科診療ガイドライン産科編2008、p172-174

妊娠中の水痘感染の取り扱いは?

Answer
1.水痘に関して問われたら以下のように答える。
・水痘感染既往なく、ワクチン接種歴のない妊婦は、水痘患者との接触を避ける。(A)
・20週未満感染では約2%に先天奇形が起こるとする報告がある。(B)
・妊娠前3か月以内に、あるいは誤って妊娠中にワクチン接種をうけた場合、現在までの報告では先天性水痘症候群あるいはワクチン接種に起因する奇形の報告はない。(B)

2.妊婦に対して水痘ワクチン接種は行わない。(A)

3.過去2週間以内に水痘患者と濃厚接触(顔を5分以上合わせる、同室に60分以上など)があり、かつ「抗体がない可能性が高い妊婦」におうては予防的ガンマグロブリン静注(2.5g~5.0g)を行う。ただし、保険適用はない。(C)

4.感染妊婦には母体重症化予防を目的としてアシクロビルを投与する(有益性投与)。(C)

5.母親が分娩前5日~産褥2日の間に発症した例では以下の治療を行う。
・母体にアシクロビル投与(B)
・新生児へのガンマグロブリン静注(B)
・児が発症した場合は児へのアシクロビル投与(B)

6.入院中母親が発症した場合、他の妊婦への感染に配慮し個室管理等を行う。(C)