ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)

2011年03月15日 | 周産期医学

persistent pulmonary hypertension of the newborn

● 概念

胎児期あるいは出生後の低酸素血症に伴い、肺動脈の平滑筋の肥厚や攣縮によって、出生後も高い肺血管抵抗が持続し、その結果動脈管、卵円孔を通じた右左シャントや、肺内シャントによって、100%の酸素投与下でも酸素化が十分に得られない状態が生じる。このような状態は新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)と呼ばれる。

※ 以前は胎児循環遺残(PFC; persistent fetal circulation)と呼ばれていた。

● 病因と病態生理

PPHNは、正期産児または過期産児に生じる肺血管系の障害である。

新生児仮死、胎便吸引症候群、低酸素症、低体温などのストレスが誘因となり、肺の血管床が収縮を起こして肺動脈の血管抵抗が上昇して肺高血圧となる。

その他の原因には、動脈管または卵円孔の早すぎる閉鎖(これにより胎児の肺血流量は増加、母体のNSAID使用により誘発される)、赤血球増加(血液の流れを悪くする)、先天性横隔膜ヘルニア(左肺が重度の低形成で、肺血流量の大部分が右肺に流入する)、新生児敗血症(おそらく、細菌性リン脂質がシクロオキシゲナーゼ経路を活性化させたことによる血管収縮性のプロスタグランジン産生で生じる)などがある。

とくに先天性横隔膜ヘルニア、肺低形成などが病因の場合には、肺血管床の発達が悪いため重篤な病態を示すことが多い。

正常の新生児は、出生直後の呼吸開始に伴って肺胞が広がり、肺胞を取り巻く肺血管床の血管抵抗も急速に低下する。しかし、出生直後から上記のような重篤なストレスに暴露すると交感神経の緊張状態となり肺血管の収縮を起こす。また、低酸素血症、高二酸化炭素血症なども直接的に肺血管の収縮を起こし、肺血管抵抗が胎児のように上昇したままとなり肺高血圧が持続する。肺動脈につながる右心室、右心房の血圧も高く、動脈管または卵円孔を介した右左シャントを引き起こし、難治性の全身性低酸素血症に至る。

● 臨床症状

頻呼吸、陥没呼吸、高度のチアノーゼ。

新生児仮死や胎便吸引症候群に続発することが多い。

動脈管を介する右左シャントを有する乳児においては、右上腕動脈で下行大動脈よりも酸素化が良好になるため、右上肢と下肢とでチアノーゼに差が生じることがある(下肢の酸素飽和度が右上肢よりも5%低くなる)。

● 診断

出生後の新生児において、動脈酸素分圧(PaO2)と経皮的動脈酸素飽和度(SpO2)の著しい低下を示す。

心臓超音波検査により、右心室および肺動脈の血圧が、左心室および大動脈の血圧と同等あるいはそれ以上になっており、卵円孔または動脈管における右左シャントを示す。

出生後の新生児において、血液ガス分析検査やパルスオキシメーターの測定により、著しい低酸素血症を認めた場合には、常に本疾患を強く疑う。チアノーゼを起こす先天性心疾患は全て鑑別の対象となるが、心臓超音波検査により、解剖学的に明らかな異常を認めずに上記のような所見が得られたら診断は確定する。

● 治療

疾患の進行を防ぐために、酸素(強力な肺血管拡張作用がある)による治療を直ちに開始する。酸素はバッグマスク換気または機械的人工換気を介して投与し、また肺胞の機械的拡張が血管拡張を助ける。

吸入酸素濃度(FiO2)は、初めは100%に設定すべきだが、肺損傷を最小限にするために動脈血酸素分圧(PaO2)を50~90mm Hgに維持するよう下方調節する。PaO2が一旦安定すると、FiO2を2~3%ずつ減少させ人工呼吸器の圧を減少させることによって、離脱を試みる。PaO2の大幅な減少は再発性の肺動脈血管収縮を引き起こすことがあるので、変化は段階的にすべきである。

圧外傷を最小限に抑えつつ肺を拡張および換気するため、高頻度振動型人工呼吸器(HFO; high frequency oscillatory ventilator)を使用することも多い。

一酸化窒素(NO)の吸入は血管内皮の平滑筋を弛緩させ、肺細動脈を拡張させて、それによって肺血流量を増大させ、約半数の患児において酸素化を急速に改善させる。初回量は20ppmで、効果があれば徐々に減らしていく。

重症の場合、以前は体外式膜型人工肺(ECMO; extracorporeal membrane oxygenation)を使用することも多かったが、現在では、NO吸入療法により肺血管が拡張し改善するため、侵襲の大きく管理も大変なECMOを使用することは稀になっている。

病因となる基礎疾患への対応も重要であるが、あらゆるストレスにより交感神経が緊張し肺動脈の収縮を引き起こすため、まず、患児にストレスをかけない管理をすることを忘れてはならない。苦痛を伴う検査や処置(採血、ライン確保、気管内吸引など)は最小限にする必要があり、鎮静剤および鎮痛剤を積極的に使用する。

● 予後

予後は必ずしも良好ではない。

重症の横隔膜ヘルニアや肺低形成など、先天的に肺血管床の発育が著しく悪い場合には予後不良である。