ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

放射性物質の母乳への影響について

2011年11月10日 | 周産期医学

現在、母乳育児中の女性で、このまま母乳を飲ませ続けると、子どもに放射性物質を与えることになるのではないか?と不安に思っている方も少なくないと思います。

まず、母乳中の放射性物質の濃度についての、我が国における最近のデータを見てみましょう。厚生労働科学研究費補助金・成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業「東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故による母乳中の放射性物質濃度評価に関する調査研究」班が、母乳中の放射性物質濃度等の調査を行いました。

「母乳中放射性物質濃度等に関する調査」についてのQ&A

調査対象は8県(宮城県、山形県、福島県など)に在住する授乳婦、調査期間は平成23年5月18日~6月3日、提供された母乳中の放射性ヨウ素、セシウムの測定が行われました。今回の調査で、108人の母乳中の放射性物質濃度は101人が不検出で、福島県の方21人の中で7人の方の母乳から微量の放射性セシウムが検出されました。

経口摂取した放射性ヨウ素、セシウムは、平均としてそれぞれ4割、3割程度が母乳に移行すると言われています。今回、調査対象となった母乳の一部から放射性物質が検出されたのは、空気・水・食物中に存在する放射性物質が母体の体内に吸収され、それが母乳中に移行したためと考えられます。福島県の方の一部の母乳でだけ検出された理由は、これらの方の経口摂取または吸入摂取量が他の方よりも少し多かったからではないかと推定されます。

放射性ヨウ素は、尿などから排泄されるので、約7日で半分の量になります。放射性ヨウ素の新たな吸収がなければ、体内で時間と共に急速に減少し検出下限値以下になります。このため、以前の調査で検出された放射性ヨウ素は、今回の調査では検出されなかったと考えられます。

放射性セシウムの物理学的半減期はセシウム134で2年、セシウム137で30年、有効半減期は成人で80~100日、小児で40~50日とされています。このため数ヶ月程度の期間では減衰が少ないこと、および食品等からの少量の摂取がありうることから、放射性ヨウ素が検出されなくなってからも、放射性セシウムが検出される検体があると考えられます。

今回の調査で検出された放射性セシウムは高い人でセシウム134が6.4 ベクレル/kg、セシウム137が6.7 ベクレル/kgでした。母乳中の放射性セシウム134,137の濃度がそれぞれ10ベクレル/kgの母乳を毎日800g、1年にわたって摂取した場合を考えると、セシウム134,137の摂取量はそれぞれ2920ベクレルとなります。それによる線量の増加は約0.14ミリシーベルトと推計されます。放射性セシウムの飲食物としての摂取限度値は実効線量として5ミリシーベルト/年とされていますので、その線量の30分の1以下ということになります。

母乳には、栄養面をはじめとして感染防御など人工栄養には見られない様々な利点があります。今回の調査で放射性セシウムが母乳中に検出された方についても、引き続き、普段通りの生活を行っていただいて問題ないと考えます。

母乳中に放射性物質が検出されなかった他の地域の方については、当然授乳に問題はありません。

私たちが生活している空間や土壌には天然自然の放射線や放射性物質がたくさんありますが、今回は原発事故災害による放射性物質が余分に身体に入ってしまったのですから、同じ放射性物質であっても、本当に残念に思う気持ちは当然のことです。でも、今回の基準値以下の放射線量は、母乳を飲んでいるお子さんの健康に悪影響を及ぼす放射線量よりもはるかに少量です。そして、このわずかな放射線量よりも、母乳に含まれる様々な子どもの成長に役立つ成分のほうが、はるかにお子さんの成長にとって重要であることをご理解いただければと思います。

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なお、福島県では、7月から妊婦や子どもを優先し、全県民の内部被ばく検査を開始しましたが、これまで三千人余を検査し、「問題のあるケースはない」(地域医療課)とのことです。1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故では、事故後数年後から子どもの甲状腺癌が増えたとの報告もあります。福島県では今後数十年にわたって調査を続ける方針とのことです。