五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

吉野と西行法師

2018年04月28日 | 悔いのない人生とは?


吉野と西行法師             2018年4月28日

三輪から移動し、吉野の山へ。6年ぶりですが、初回は上千本までが精いっぱいで、奥千本まではたどり着けませんでした。今回は、花見の混雑覚悟で、バスを乗り継ぎ、奥千本まで行き、そこから西行庵まで40分ぐらいの山歩きを叶えました。




平安後期、平清盛と同様、北面の武士として活躍し、和歌の才を発揮し宮中の人々を虜にしていた佐藤義清(のりきよ)、後の西行法師は、きっぱりと役職を捨て、紀州の実家の家督を弟に譲り、家族とも縁を切り、出家して、歌の道に邁進します。

とくとくと落つも岩間の苔清水汲みほすまでもなきすみかかな



西行の歌の虜になるのは、平安貴族だけでなく、800年後を生きている私も同じく、歌が好きでたまりません。
私は、西行の観た風景を歌と共に体感したいと願うと、それが自分の意志次第で同じ場に立つことができる時代に生きています。
この歌の場に立ちたい思いが叶い、苔清水を両手で汲み、私も飲んでみました。
理想的な無味無臭の水であり、春の温みを感ずる水は、するりと喉を通っていきました。西行庵から山の傾斜に沿うように作られている道は、当時は獣道のようなものであったことでしょう。その道を辿り水を汲む西行の姿が思い浮かび、命の糧で命を繋いでおられた西行の生きる姿を愛おしく思うのでした。

吉野山去年(こぞ)の枝折(しおり)の道かえてまだ見ぬ方の花をたずねむ





明治になると杉が植栽され、西行庵の辺りは、杉の山と化していたのですが、最近になり、杉を伐採し、桜の苗木を山一面に植えるプロジェクトが進んでいる
さ中です。そんなさ中に訪れたものですから、日当たりのよい西行庵には、実際
風情を感ずる余韻が足りないのです。一面桜にせず、800年前の山の姿を想像できる植栽を考えていただきたかったな。。。と、残念でなりません。
山を分け入り、去年通った道を変えて、枝を手折って新たな道を作りながら、
新たな花との出合を待ち望む西行を共に感じてみたいと思うのですが、せっかく山道を歩き辿り着いた西行庵の辺りは、桜の木々に埋もれた華やかな観光地となってしまいました。
山を分け入り、分け入り、人の居ない、山が重なり合う谷間のぎりぎりのところに庵を据える西行の心持とは程多いことに、落胆を感じつつ、それでも、西行の息吹を岩清水から感じ取ることができたことに、最高の幸せを感ずることができたことに、吉野の奥千本から更に西行を求めて歩いた甲斐がありました。


吉野山花のさかりは限りなし青葉の奥もなほさかりにて

これが、独りで住まい、悦に浸る西行の至極の喜びの歌でありましょう。

そして、

願わくは花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月の頃
と、詠んだ西行は、如月の望月の頃に、旅立ったのでした。
お釈迦様の命日が2月15日。西行が旅立ったのは2月16日です。

願うままに叶う人生を西行が生きたようにも思います。

私の願いも叶った西行法師を想う吉野詣ででございました。

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