五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

問題に対する関係

2010年06月30日 | 第2章 五感と体感
抱えている問題を直視できない。直視できていないことが意識化されていないケース

そして、自分が何に恐れを感じてるのか?

自分の成育史による愛の原型に立ち帰ることができたとしても、「愛された記憶」が自分にとって辛いものであった場合、愛の原型を思い起こしそこから湧きあがる不安感にとどまることができるでしょうか?

根本的な不安感を逃避することによる負のスパイラルは、蟻地獄のようです。

問題と向き合わなければならないことになった時、直接向き合うことができているでしょうか?

✤プロセススケール第6ストランズ・問題に対する関係「生き甲斐の心理学P34~」

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思い込みの強さ

2010年06月29日 | 第2章 五感と体感
「言いたい事を言い続け、家族や同僚に悲しい思いをさせていることに気付いていない」

もし、そんな人が周囲にいたら、その人が、どんな愛し方をし、どんなふうに愛されたいのか成育史から窺い知ることで「愛の原型」が見えてくるはずです。言われている人に問題があるわけではないはずです。だから言葉の暴力を受けることで自分を諌めるのはやめてほしいものです。

自分が悪い、、、と思い込むのも、あなたのせいだ、と思い込むのも、
「自己概念の解釈」が関係しています。

思い込みの強さは、どこからくるのでしょう。。。

自分に湧き出している「不安感」の取り扱い方を、もう一度点検してみるのもよいかもしれません。


✤プロセススケール第5ストランズ・体験の解釈「生き甲斐の心理学P34~」

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言いたい事を言えてる?

2010年06月28日 | 第2章 五感と体感
ほんとうにほんとうに言いたい事を言えているでしょうか?

家族や同僚に不満を撒き散らし、一見言いたい事を言っているように見える人がいますが、ほんとうに言いたい事を言っているのでしょうか?

言われるほうは溜まったものではありません。言葉は使い方によっては刃(やいば)にもなります。

自分の本音の感情が言語化できず、不満な感情ばかりが湧いてきて、相手を言葉で攻撃あい、言い訳あい、人のせいにし・・・・・

不満や怒りの感情のもっともっと奥深くに潜んでいる本音の感情を言葉にできたら、多分互いが幸福感に満たされるはずなのに、人はそれがなかなかできません。

一方、言いたい放題でやられている人は、言葉の刃に刺されながら傷ついていきます。
大事なことは、「私のせいではない」と自分を諌めないことだと思います。

湧いてくる感情には必ず意味があります。飛び出す言葉にも意味があります。湧いている感情と言っていることが自分の真実なのか意識化してみると、自分の本音にハタと気付くかもしれませんね。

✤プロセススケール第4ストランズ・自分を上手に語る「生き甲斐の心理学P34~」

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言ってることとやってることが・・・

2010年06月27日 | 第2章 五感と体感
言っていることとやっていることが違うのよねぇ~、、、

自分自身を観察しても、言っていることとやっていることが違うことはシバシバあります。
それと同じように、「湧き上がる感情と解釈」が一致していない場合もあります。
「湧き上がる感情が意識に上がってこない感情」と一致してない場合もあります。

具体的に云うと、「相手をほんとうに愛している」という感情が湧いているのですが、実はその感情が「愛さねばならない」という「理想」に囚われてしまっていて、「本音が意識に上がってきていない」ということです。

自分の心はもやもやしているのですが、衛星のように悩みばかりがグルグル周る場合は、ほんとうの本音に自分が出合わない限りひたすらグルグルするばかりです。

占いを読んでも、あなたは○×パターン!というような本を読んでも、結局は都合の良い防衛機制で自分を納得させ、核心には至りません。

ただ、「意識に上がってこない本音の感情」が自分の内にも存在する、という概念を知るだけで、本音の気付きのきっかけになるかもしれません。

うっとおしい梅雨の天気に重苦しい話題ですが、自分の心に湧き上がる感情が何らかの防衛機制に阻まれているか否か点検しつつ、数分間瞑目する時間を作ってみると案外爽やかな日曜日を過ごすことできる・・・かも?

知は力なり~♡です

✤プロセススケール第3ストランズ・不一致「生き甲斐の心理学P34~」

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心の流れ方は健全?

2010年06月26日 | 第2章 五感と体感
「前記の感情と個人的意味づけ・第1ストランズ」については、自分が湧きあがる感情そのものに焦点を当てて、吟味していくと、今自分はどんな感情なのだろう?、、、ということを洞察します。

そして、第2ストランズである「体験過程」については、心の流れ方を観察していきます。

「体験過程」を観察していくと、自分がどんな思いで日々生活しているのか、問題に対しての自分の向き合い方がどうなのかが、見えてくるはずです。

ただし、自分の心を見つめる余裕がなかったり、問題に直面しているのに何らかの理由でその問題が自分に直面しているものとして意識化できていない場合もあります。

自分の心の流れが健全なのか、自分の行動が健全なのか?

立ち止って「心の流れの点検」すると、自分の内から何かが見えてくるかもしれません、


✤プロセススケール第2ストランズ・体験過程「生き甲斐の心理学P34」

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本音と建前の混同

2010年06月24日 | 第2章 五感と体感
「何が自分の本音で何が建前なのか、自分自身、意識できているか」
いつも、自分に問いかけるようにしています。

暮らしの中では、建前を大切にしていかなくてはならないことも多々あります。
自分がそれを意識し、おおらかに建前を受容出来ている場合はストレスも感じません。
でも、心の奥底で湧き出している「違う、嫌だ」という気持ちを押し殺していたら、どうなるのでしょう?
意識の下に本音が追いやられてしまうと、建前の感情があたかも本音の感情であるかのように自分に意識化されていくようです。

「本音と建前の混同」は、他人からどうこう言われて見つけられるものではないと思います。

不安感に留まることを避け、怒りの感情を撒き散らし、又は怒りを意識の下に隠し放置し続けていると、本音と建前の区分けができなくなっていくように思います。

本音なのか?
本音ではないのか?
建前に対して、自分自身の扱いをどうしているのか?
これらを意識化してみることは、心の健康に大きく繋がるはずです。

✤プロセススケール第一ストランズ・感情と個人的意味づけ「生き甲斐の心理学P34」

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何に怒っているの?

2010年06月23日 | 第2章 五感と体感
社会に怒っている人、
政治に怒っている人、
父親に怒っている人、
母親に怒っている人、
級友に怒っている人、

「怒る」感情をよくよく突き詰めてみると「不満感」の蓄積が見えてくる場合があります。
一見、「他者否定」として見えるのですが、実は「自己否定」が塊となって、把握できない自己の感情を爆発させているのです。

怒りの感情が、自分の不安感から表れていることに気付いていくと、怒っている自分が対象の不明確なものに対して当たり散らしていることに改めて気付いたりします。

「不安感」の核に留まる勇気は、自己否定・他者否定からは生まれないはずです。

そうはいっても、湧いてくる感情には必ず意味があります。ひとくくりにできるものではありません。私は私なのですから。
「怒る自分自身を大事にする」ことを意識してみると、湧き出す感情の出所が見えてくるかもしれません。もし「自分自身を大事にする」ことに否定的な感情が湧いたら、その感情を見ていくことに意味があるように思います。

✤プロセススケール第一ストランズ・感情と個人的意味づけ「生き甲斐の心理学P34」

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本音と建前(プロセススケール)

2010年06月22日 | 第2章 五感と体感
昨日の勉強会は、私自身サポーターとしては二時間ではちょっと物足りないな、という思いを残し終了しました。皆様、お疲れ様でした。

自分自身の「愛」のありようとは、いったい何なんだろう?

心理学の学びを始めた時からの私自身のテーマでもあります。

「愛の原型」(幼い頃、両親から愛されたり、思春期頃までの大切にされ、愛された美しい心地よい生活上の思い出。テキストP34)
この「愛の原型」は、現在の自分自身の「思考」「感情」「行動」の傾向の大元と言っても良いと思っています。

✤他者の言動による自己の反応。

✤ある出来事に遭遇した時に湧き出す感情。

✤子育てしている自分の日常の行動。

一つの出来事が起こっても「湧き出す感情、それに伴う考え方、思い、そして、どんな行動にでるか」は一人一人違うのです。

もし、同じ言葉で表現したとしても、その人の脳で描いている素地としてのイメージは違うものです。

地球の人口は6,800,000,000人だそうです。ということは、68億人通りの思いがあるということです。

そのことを踏まえながら自分の感情に胸に手を当てて思い巡らしてみると良いと思います。

「私の本音は、いったい何なんだろう?

建前として意識していることは、いったい何なんだろう?」

これらの自問自答ができる状態である人は、意識化することを心がけてみるとよいかもしれません。
自問自答できる状態でない(出来ないと思う感情が湧く)人は、無理は禁物だと思います。

湧き出す感情には意味があるのですから・・・

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健全なのか不健全なのか

2010年06月21日 | 第2章 五感と体感
自分は今、健全な状態であるのか?不健全な状態であるのか?

そもそも、自分は今健全なのか不健全なのかを吟味する判断力があること自体に健全性を感じるわけですが。。。人の心と体は奥深いようです。

意識に上がっている感情が、無意識に持っている感情とかけ離れている場合、自分自身に違和感を感じることがあります。

自分自身に「違和感」を感じることが自分自身の現実吟味の入口に値すると思います。

自分の「思考」「感情」「行動」から窺うことのできる「不安感」「否定的な感情」はどこから来るのか、、、
今日は、そんなことを思い巡らしながら勉強会に臨みたいと思います。

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スペインからアルゼンチンに

2010年06月20日 | 第2章 五感と体感
スペイン語を公用語とする国は世界で21カ国だそうです。
英語に次いで第二位です。

最近は英語よりもスペイン語を話す人が多いのではないか?と思うくらいスペイン語に縁があります。

市ヶ谷と四ツ谷の間にあるセルバンテス文化センターに行ってきました。6月19日は「スペイン語の日」。スペイン語を話す国々の料理が各大使館から提供され、梅雨の晴れ間のビルのテラスで味を楽しみ、バルセロナに育った三人兄弟(姉妹と弟)「プチ・アマデウス」のピアノ・ヴァイオリン・チェロを聴きました。中学三年生の若きチェロ奏者の才能は、将来楽しみです。アンコールで奏でた「鳥の歌」、とても素敵でした。サッカー部に入りチェロを弾く上野君、お姉様達との共演をこれからも楽しみにしています。

エンタの神様に登場しているという桜田ゆみさんのサルスエラ「アルハンブラ物語」の舞台も大いに楽しみました。朗読された方、、、もう一度声を聴きたいです。

そして、夜は、アルゼンチンに・・・
友人が応援しているバンドネオン奏者の平田耕治さんの演奏を聴いてきました。
自由が丘の小さなフランス料理店でのライブ。(ピアノとヴァイオリン)

コンサート会場で聴くのも良いですが、やっぱりかぶり付きのライブは一層酔いしれます。
バンドネオンの蛇腹の息継ぎ(空気を入れる音)は、艶めかしさを増長するし、アルゼンチンタンゴ特有の不思議な理屈っぽさを表現するに相応しい、、、とまたもや感服。。。

プチアマデウスの上野通明さん(姉弟)、平田耕治さん、そして、平田さんと初めて共演したヴァイオリンの鈴木慶子さん、、、皆様の将来がほんとうに楽しみです。

誘ってくださったお友達にこの場を借りて感謝申し上げます。
スペインからアルゼンチンの旅を東京で体感しちゃう一日に感謝です。

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心配なこと

2010年06月19日 | 第2章 五感と体感
「お母さん」は、子供のことを我がことのように心配します。

子供は、学校という社会と家庭の中でバランスを取りながらアイデンティティを統合させようとしています。

何事もバランスが大事。

お母さんに見せいている「子供の顔」は、お母さんにしか見えないものです。

そして、お母さんが「子供の顔」をどう解釈するかは、お母さん次第。。。

でも、母と子の絆は何よりも深いことを忘れてはならないと思います。
そのことを踏まえて、子供に対する信頼感を今一度点検する必要がありそうです。

「子供のことが心配なのか?」

「私が心配なのか?」

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執着する心

2010年06月18日 | 第2章 五感と体感
14の防衛機制は、日常の「思考と感情と行動」に常に表れています。

私の「執着心」って何だろう?と、ふと思いました。

W杯の結果が気になり、朝起きると観戦できなかった試合結果を確認しないと落ち着きません。

心理学の勉強も私の執着の一つです。特に日本人として生まれた自己のアイデンティティを探る学びは、学べば学ぶほど知りたい事が増えてきます。

思春期の頃の執着心は、他を知らないゆえの執着心でしたが、齢半世紀近くなってくると、執着心も散漫になり、その代わり比較考察できる術が身についてきました。

「時がある」とよく云いますが、本当にそうだと思います。

「源氏物語」を読み、「万葉集」「古事記」を読み「修験道」について学び始めると、どうしても「平家物語」と「太平記」が外せなくなってきます。

「平家物語」と「太平記」は、今まで自ら本のページを捲ることすら考えていませんでした。ここにきて、自分の執着心から欲したものはこれらの読破です。

今年後半の課題となりました。特に平家物語は能楽の謡本から紐解きながら身近なものにしていける、と確信しています。

執着しながら学び深める今現在の幸福感は、小学生、中学生の頃の委縮した防衛機制をようやく解き放っているように思うのです。

自分と向き合うための思索には終わりはないとしみじみ思います。

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憎しみなのか嫉妬なのか

2010年06月17日 | 第2章 五感と体感
自分自身の本音の感情を見極めることは、至難の業です。

湧き出す感情を静かに意識していくうちに、それが本音の感情でないことがだんだんと意識化されてくることがよくあります。

人の心は、宇宙のようだ、と、しみじみ思います。

今日も湿度の高い一日。
自分のペースを大切にして過ごしたいものです。

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そろそろ息切れ

2010年06月16日 | 第2章 五感と体感
四月から始まった新しいこと色々。

そして、ちょうど一年の半分の時期。

六月には祭日が無いので、祭日にお休みできる人々は気分的にとても長い一カ月です。

しかも梅雨。じとじとしている気候は朝からうっとおしい気分を増長させます。

南アフリカはこれから冬。W杯の映像を見ているとカラッとした空気感を恨めしく思います。
去年の私は6月の停滞時期を映画を借りて乗り切りました。
今年は勿論W杯観戦です。
夜中、フットボール観戦し、日中働き、夕食をのんびり頂き、また夜から観戦の日々
この生活が7月上旬まで続きます。

ヒマワリやゴーヤ、朝顔の成長を眺めたり、日常の変化を定点観測したり、小さな喜びを自ら作り、想像を廻らすことを心がけることも自分次第…

身近な「楽しいこと」、きっと見つかるはずです

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もう一度おさらい

2010年06月15日 | 第2章 五感と体感
私は何のために生きているのか?


私の生き甲斐は何か?


私は私の心と体と魂を大切にしているか?


・・・・

上記の三つの問いかけを繰り返し唱えると、自分の内から自問自答が始まります。

もし、これらの問いかけに嫌悪感を感じたら、どんな嫌悪感なのか?どこが嫌なのか?
もし、これらの問いかけに不安感を感じたら、どんな感情になるのか?
自問自答してみるとよいかもしれません。

もし、すんなりと三つの問いかけが心に沁み込んできたら、自分自身に問いかけてみましょう。

そうすることで、何かの答えが自分の内から湧きあがってくるかも。。。
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