今から30年前の1993年11月5日、有明コロシアムで行われた試合結果です。
WBAジュニアバンタム級戦(現スーパーフライ級):
王者鬼塚 勝也(協栄)判定3対0(116-111、116-114、115-113)挑戦者タノムサク シスボーベー(タイ)
(19ヵ月ぶりに拳を交えた鬼塚とタノムサク)/ Photo: TBSテレビ
*この試合が行われる19ヵ月前、当時空位だったWBAジュニアバンタム級王座を争った両雄。その時は前半戦で大きく出遅れた鬼塚が、後半戦に粘りを見せつけ何とか最終回のゴングを聞きました。
試合終了後、タノムサクが母国タイの国民的英雄カオサイ ギャラクシーの後継者の地位に立つと思われました。しかし下された判定は、僅差ながらも3対0で鬼塚の勝利を支持。論議を呼ぶ新王者誕生となってしまいました。
その後鬼塚は、松村 謙一(JA加古川)との国内新旧対決に圧勝し、指名挑戦者アルマンド カストロ(メキシコ)にも大勝。1992年の日本国内年間最優秀選手に輝くなど、その評価を挽回しました。しかしこの年の5月に行われた林 在新(韓国)との3度目の防衛戦では、タノムサクとの第一戦に続く大苦戦を強いられ、再び論議を呼ぶ判定勝利を収めています。
世界王者として評価が定まらない鬼塚。宿敵タノムサクとの再戦に快勝し、名誉挽回を図りたいところ。今回の再戦では、前回の失敗を糧に、初回を確実に押さえました。しかしその後はタノムサクも地力を発揮し、一進一退の攻防が続くことに。
迎えた9回、ゴング後にパンチを放ち鬼塚をふらつかせたタノムサクは致命的な減点を科されるます。そして鬼塚も執念で終盤戦を乗り切り、今回も僅差の判定勝利を手にすることに。苦しみながらも防衛記録を4に伸ばすことに成功。
当時の雰囲気として、ボクシング関係者やファンは、鬼塚の綱渡り的な判定勝利に慣れてしまっていました。