平成28年6月8日(水)、名松線に乗ってきました。
そのときの画像を貼っておきます。
名松線は、全線のうち 家城~伊勢奥津間17.7kmが、長らく災害不通(台風被害による線路の不通)のため列車運休になっていました。
関係機関によって被災線路の復旧工事が行われ、被災から6年半を経て、今年春のダイヤ改正日から伊勢奥津までの全区間で運転再開となりました。
私は、復旧した家城~伊勢奥津間には もともと乗ったことがなかったので(=未乗区間)、今回、乗りに出かけてきました。
◎参考◎ 今から3年前に、不通区間を除く松阪~家城間にだけ、乗車済みです。
2013年1月16日の当ブログ記事


↑平成28年6月8日(水)、JR松阪駅にて。
この日は、大和西大寺11時22分発の近鉄特急で出発し、大和八木で乗り換えて12時40分ごろ松阪着。そこでJRに乗り換えました。
わし、名松線の松阪~家城間には以前に乗車済みですが、結局今回は、始発駅の松阪から〝乗り直す〟格好です~
午後1本目の列車、松阪13時09分・伊勢奥津(いせおきつ)ゆきに乗りました。
ステンレス・ボディのキハ11形。ワンマン、単行です。


↑3年前に名松線に乗ったときは1月(冬)でしたが、きょうは〝緑〟がまぶしい初夏の風景を見ながら走ります。

↑井関(いせぎ)にて。13時30分撮影。

↑家城(いえき)に到着します。13時46分着。
前方の窓越しに、行き違う対向列車が見えています。

↑家城では13分間ほど停車しました。そういうダイヤ設定になっています。

↑家城にて。(これは、ホームの松阪寄りから撮影)
伊勢奥津ゆき(左)と、松阪ゆき(右)です。 双方とも、しばらく停車したまま動きません
発車待ち。
単線区間のワンマン運行だから、行き違い駅の家城では〝ゆとり〟が取ってあるのかな?
運転士さんの休憩時間かも…? と思ったりもして。(
休憩時間って…
)(←
そういう時間も大事やで)

↑家城での13分間停車。 ほかの乗客たちも、ホームに降りてウロウロしていました
こんなふうにホームをウロウロするのは〝観光客〟!…ということで、間違いなし

画像に写っている方々は、「名松線に乗ること」を目的にして乗っている人たちでした
もちろん、私も。

↑家城を13時59分を発車しました。(≒午後2時ちょうどやね)
ここから終点の伊勢奥津までが、災害復旧なった区間です。そして私の未乗区間です。
早速に鉄橋を渡って進んでいきます。この川は、雲出川(くもずがわ)。


↑どんどん山間へと踏み入っていきます。
私は、名松線は「松阪から西へ西へと向かう線」という印象を強く持っていたのですが、地図を見ると、その路線ルートはぐぐぐっと湾曲しており、
特に、家城から伊勢奥津へ至る区間については「南へ向かう(南北に走っている)」と言うほうが良さそう。

↑山々と、雲出川の流れ。
車窓風景的には〝いい景色〟だと思うけれど、6年半前の台風では、この山河の表情が一変して甚大な被害が出たわけですね。


↑コンクリでがっちり固められた山肌が、車窓すれすれを過ぎていきました。
長かった運休期間と、線路復旧に努めてこられた関係者皆様の思いがしのばれます。




↑伊勢八知(いせやち)。 車内から見ただけですが、駅舎も立派な雰囲気でした。
かつての美杉村(一志郡美杉村)の中心がこの駅の周辺だったそう。現在も、津市役所の支所が当地に置かれています。
伊勢八知駅の近くには、美杉リゾートホテルがあります。私は行ったことがないけれど。
テレビ番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』の第何弾かで、この地域を通りぬけていく場面がありました。
ちょうど夜になってバス運行が終了したので、太川さん蛭子さんマドンナの一行は、美杉リゾートホテルにとびこみで宿泊していました。

↑伊勢八知を発車すると、たくさんの木材が持ち込まれた集積場が見えました。
ここは、地元・美杉で切り出された木材を出荷するための木材市場だそう。杉とか桧だそうです。本当にたくさんの木材が見えました。
宮脇俊三も、著書『終着駅へ行ってきます』の「伊勢奥津(名松線)」の章で、伊勢八知で見えたこの風景のことを書いています。



↑山あいを流れる川には、大きな岩がゴロゴロしています。
自然な風景だと思いますが…、大雨でこれが増水すると、岩が押し流され、名松線の鉄橋に被害をもたらすとか…
やはり、そういう心配は付いてまわります。

↑キハ11形は小型のディーゼルカーですが、エンジン出力は十分
力強く、勾配を登っていきます




↑比津(ひつ)を出ると、次が終点の伊勢奥津。




↑「熱烈歓迎」の文字に迎えられて、終点の伊勢奥津に到着しました。 三重県津市美杉町奥津、という地名(住所)だそう。
定刻14時33分着でした。松阪から所要1時間24分。

↑決して広くはないプラットホームが1面だけの終着駅です。
ここも、駅としては無人駅なので、列車からホームに降りる際に 車内で運賃清算を済ませる仕組みでした。
私は松阪の駅できっぷを買って乗ってきたので、それを運転士に手渡してから下車。

↑伊勢奥津。
「おくつ」ではなく「おきつ」って読むのが独特やね。
これだけ山あいまで列車に乗ってきたのに、三重県津市の〝市内〟だというのも、なんか驚き~

津市って、市域がめっちゃ広いのですね。
プラットホームの雰囲気とかフェンスや舗装の色合いから、この駅が改修工事を受けてからまだそんなに日が経っていないことが窺えます。
宮脇俊三著『終着駅へ行ってきます』の「伊勢奥津(名松線)」の章では、伊勢奥津の駅について、次のように書かれています。
※昭和57年(1982年)6月に宮脇俊三が現地を訪ねたときの様子が描かれている。
構内は線路が三本に分かれ、ホームも片面と両面との二面がある。
あらたまって呼べば、1番線から3番線までとなるが、そのうち二本は錆びていた。
小さな木造の駅舎があり、改札口にカメラの山内さんと年配の駅員が立っていた。
改札口で乗越し運賃を払う。応対する駅員の感じのよいこと。
私たちは、松岡さんというその駅員と、しばらく話をした。
引用終わり。

↑行き止まりの、終着駅です。
前方、フェンスの向こうに見えている構造物(一部)が、かつて蒸気機関車の時代に使われていた〝給水塔〟の跡、らしい。
◇ ◇ ◇
目の前に、レールの行き止まり。車止め。ここは、まさに終着駅です。
いま、伊勢奥津への到着をもって、名松線の全線乗車 成る!…であります。
そしてそれは、私にとって、JR東海エリアの路線に乗り尽くした(完乗率100%達成
)という瞬間です。
めでたい

今後、JR東海の路線網に変化が生じるとすれば、いつ頃だろうかなぁ。 やっぱり、リニア新幹線が開通するときになるのかな(
?)
それはそれで興味津々。 そのときが来るのを、楽しみに待ちたいと思います。
◎伊勢奥津駅

↑きれいな駅(建物)です。
全体を駅舎と呼ぶのが正しいのか分かりませんが、建物は、津市の支所出張所や地域住民センターとして使われているようです。
駅(ホーム)への出入り口は、右端の、のれんが掛かっているところ。

↑駅の出入り口に、「おかえりなさい名松線」の のれん。
列車の運転再開をずうっと待っていた、地元の方々の思いが伝わってきます。


↑かつては1番線から3番線までの線路があったという駅構内の土地(敷地)を活用して、建てられたのですね。
ここには写っていませんが、画面の左側にはさらに建物が並んでいて、そこは、津市の運営による 観光案内交流施設となっています。
私も、ふらっと立ち入ってみました。
立ち入っただけなんだけど(
)、職員さんがお茶を1杯いれてくださいました。ありがとう~
名松線の復旧記念で商品化された(?)みたいな、伊勢奥津駅の名前がデザインされた缶バッジをひとつ買いました。リュックに付けておきまーす。


↑さっき乗ってきた列車が15時08分に松阪へ向けて折り返すので、私もそれに乗って帰ります。伊勢奥津滞在は35分間!
名松線の旅なので、伊勢奥津から〝名張〟へバスで抜けられたら言うこと無しなんだけど、バスは無いみたいなので
残念。

↑15時08分、伊勢奥津を出発します。
乗客はそんなに多くありませんでした。そして、ほぼ全員、さっきの列車で伊勢奥津まで一緒に乗ってきた人たち。 帰り道も一緒ということで
さて、列車が発車しようとしたとき…、ホームに女性ふたりが姿を見せて、車内に居る乗客に向かって手を振り始めました。
『ありがとう! また来てなぁ』の文字を添えて、笑顔でお見送りしてくれるという、サプライズな計らいでした。
駅と同じ建物に入っている、津市の支所出張所の職員さんですね。
1日に何回かある列車の発車時刻に、ホームへ出てきて〝お見送り〟しておられるわけやね。(いつも必ずお見送りしてくれるのか、私は知りません
)
名松線の復旧を受けて、今後も列車運行を維持・存続していくことは、津市にとっても 大事な仕事なのだなぁ…と、お察ししました。
こういう職員さんの頑張りを見るにつけて、JR東海も伊勢奥津に駅員をひとり置いたらどうか
…って思う

終着駅が無人駅って、寂しいわ
「…まあ、それはともかく。 この画像って、ふたりの〝お顔〟を隠さなくてもいいんじゃないか、という気もしたけど」
「非常に難しい、高度な判断が求められる場面やな」
「せっかく笑顔で見送ってくれたのなら、その笑顔を紹介しなきゃダメだろ…って、ふと、思ったものだから」
「一応、当ブログとして、いつも通りの画像対応ということで、お顔、隠しました
」
「なんか、残念やな
」
「笑顔のお見送りを受けたい方は、JRに乗って伊勢奥津へ、ぜひお出かけを
」
「あ…、そうか。 そういうまとめ方も アリかもね。現地を訪ねて見てください、と
」
「松阪~伊勢奥津、運賃は片道840円です
」
「帰り際に〝お見送り〟をしてくれるのだから、片道運賃だけじゃアカンやろ」
「おっ! 宣伝上手! ぜひ、往復きっぷを買い求めて、お出かけください」
(おわり)
そのときの画像を貼っておきます。
名松線は、全線のうち 家城~伊勢奥津間17.7kmが、長らく災害不通(台風被害による線路の不通)のため列車運休になっていました。
関係機関によって被災線路の復旧工事が行われ、被災から6年半を経て、今年春のダイヤ改正日から伊勢奥津までの全区間で運転再開となりました。
私は、復旧した家城~伊勢奥津間には もともと乗ったことがなかったので(=未乗区間)、今回、乗りに出かけてきました。
◎参考◎ 今から3年前に、不通区間を除く松阪~家城間にだけ、乗車済みです。
2013年1月16日の当ブログ記事


↑平成28年6月8日(水)、JR松阪駅にて。
この日は、大和西大寺11時22分発の近鉄特急で出発し、大和八木で乗り換えて12時40分ごろ松阪着。そこでJRに乗り換えました。
わし、名松線の松阪~家城間には以前に乗車済みですが、結局今回は、始発駅の松阪から〝乗り直す〟格好です~

午後1本目の列車、松阪13時09分・伊勢奥津(いせおきつ)ゆきに乗りました。
ステンレス・ボディのキハ11形。ワンマン、単行です。


↑3年前に名松線に乗ったときは1月(冬)でしたが、きょうは〝緑〟がまぶしい初夏の風景を見ながら走ります。

↑井関(いせぎ)にて。13時30分撮影。

↑家城(いえき)に到着します。13時46分着。
前方の窓越しに、行き違う対向列車が見えています。

↑家城では13分間ほど停車しました。そういうダイヤ設定になっています。

↑家城にて。(これは、ホームの松阪寄りから撮影)
伊勢奥津ゆき(左)と、松阪ゆき(右)です。 双方とも、しばらく停車したまま動きません

単線区間のワンマン運行だから、行き違い駅の家城では〝ゆとり〟が取ってあるのかな?
運転士さんの休憩時間かも…? と思ったりもして。(




↑家城での13分間停車。 ほかの乗客たちも、ホームに降りてウロウロしていました

こんなふうにホームをウロウロするのは〝観光客〟!…ということで、間違いなし


画像に写っている方々は、「名松線に乗ること」を目的にして乗っている人たちでした


↑家城を13時59分を発車しました。(≒午後2時ちょうどやね)
ここから終点の伊勢奥津までが、災害復旧なった区間です。そして私の未乗区間です。
早速に鉄橋を渡って進んでいきます。この川は、雲出川(くもずがわ)。


↑どんどん山間へと踏み入っていきます。
私は、名松線は「松阪から西へ西へと向かう線」という印象を強く持っていたのですが、地図を見ると、その路線ルートはぐぐぐっと湾曲しており、
特に、家城から伊勢奥津へ至る区間については「南へ向かう(南北に走っている)」と言うほうが良さそう。

↑山々と、雲出川の流れ。
車窓風景的には〝いい景色〟だと思うけれど、6年半前の台風では、この山河の表情が一変して甚大な被害が出たわけですね。


↑コンクリでがっちり固められた山肌が、車窓すれすれを過ぎていきました。
長かった運休期間と、線路復旧に努めてこられた関係者皆様の思いがしのばれます。




↑伊勢八知(いせやち)。 車内から見ただけですが、駅舎も立派な雰囲気でした。
かつての美杉村(一志郡美杉村)の中心がこの駅の周辺だったそう。現在も、津市役所の支所が当地に置かれています。
伊勢八知駅の近くには、美杉リゾートホテルがあります。私は行ったことがないけれど。
テレビ番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』の第何弾かで、この地域を通りぬけていく場面がありました。
ちょうど夜になってバス運行が終了したので、太川さん蛭子さんマドンナの一行は、美杉リゾートホテルにとびこみで宿泊していました。

↑伊勢八知を発車すると、たくさんの木材が持ち込まれた集積場が見えました。
ここは、地元・美杉で切り出された木材を出荷するための木材市場だそう。杉とか桧だそうです。本当にたくさんの木材が見えました。
宮脇俊三も、著書『終着駅へ行ってきます』の「伊勢奥津(名松線)」の章で、伊勢八知で見えたこの風景のことを書いています。



↑山あいを流れる川には、大きな岩がゴロゴロしています。
自然な風景だと思いますが…、大雨でこれが増水すると、岩が押し流され、名松線の鉄橋に被害をもたらすとか…

やはり、そういう心配は付いてまわります。

↑キハ11形は小型のディーゼルカーですが、エンジン出力は十分

力強く、勾配を登っていきます





↑比津(ひつ)を出ると、次が終点の伊勢奥津。




↑「熱烈歓迎」の文字に迎えられて、終点の伊勢奥津に到着しました。 三重県津市美杉町奥津、という地名(住所)だそう。
定刻14時33分着でした。松阪から所要1時間24分。

↑決して広くはないプラットホームが1面だけの終着駅です。
ここも、駅としては無人駅なので、列車からホームに降りる際に 車内で運賃清算を済ませる仕組みでした。
私は松阪の駅できっぷを買って乗ってきたので、それを運転士に手渡してから下車。

↑伊勢奥津。
「おくつ」ではなく「おきつ」って読むのが独特やね。
これだけ山あいまで列車に乗ってきたのに、三重県津市の〝市内〟だというのも、なんか驚き~


津市って、市域がめっちゃ広いのですね。
プラットホームの雰囲気とかフェンスや舗装の色合いから、この駅が改修工事を受けてからまだそんなに日が経っていないことが窺えます。
宮脇俊三著『終着駅へ行ってきます』の「伊勢奥津(名松線)」の章では、伊勢奥津の駅について、次のように書かれています。
※昭和57年(1982年)6月に宮脇俊三が現地を訪ねたときの様子が描かれている。
構内は線路が三本に分かれ、ホームも片面と両面との二面がある。
あらたまって呼べば、1番線から3番線までとなるが、そのうち二本は錆びていた。
小さな木造の駅舎があり、改札口にカメラの山内さんと年配の駅員が立っていた。
改札口で乗越し運賃を払う。応対する駅員の感じのよいこと。
私たちは、松岡さんというその駅員と、しばらく話をした。
引用終わり。

↑行き止まりの、終着駅です。
前方、フェンスの向こうに見えている構造物(一部)が、かつて蒸気機関車の時代に使われていた〝給水塔〟の跡、らしい。
◇ ◇ ◇
目の前に、レールの行き止まり。車止め。ここは、まさに終着駅です。
いま、伊勢奥津への到着をもって、名松線の全線乗車 成る!…であります。
そしてそれは、私にとって、JR東海エリアの路線に乗り尽くした(完乗率100%達成




今後、JR東海の路線網に変化が生じるとすれば、いつ頃だろうかなぁ。 やっぱり、リニア新幹線が開通するときになるのかな(

それはそれで興味津々。 そのときが来るのを、楽しみに待ちたいと思います。
◎伊勢奥津駅

↑きれいな駅(建物)です。
全体を駅舎と呼ぶのが正しいのか分かりませんが、建物は、津市の支所出張所や地域住民センターとして使われているようです。
駅(ホーム)への出入り口は、右端の、のれんが掛かっているところ。

↑駅の出入り口に、「おかえりなさい名松線」の のれん。
列車の運転再開をずうっと待っていた、地元の方々の思いが伝わってきます。


↑かつては1番線から3番線までの線路があったという駅構内の土地(敷地)を活用して、建てられたのですね。
ここには写っていませんが、画面の左側にはさらに建物が並んでいて、そこは、津市の運営による 観光案内交流施設となっています。
私も、ふらっと立ち入ってみました。
立ち入っただけなんだけど(


名松線の復旧記念で商品化された(?)みたいな、伊勢奥津駅の名前がデザインされた缶バッジをひとつ買いました。リュックに付けておきまーす。


↑さっき乗ってきた列車が15時08分に松阪へ向けて折り返すので、私もそれに乗って帰ります。伊勢奥津滞在は35分間!
名松線の旅なので、伊勢奥津から〝名張〟へバスで抜けられたら言うこと無しなんだけど、バスは無いみたいなので


↑15時08分、伊勢奥津を出発します。
乗客はそんなに多くありませんでした。そして、ほぼ全員、さっきの列車で伊勢奥津まで一緒に乗ってきた人たち。 帰り道も一緒ということで

さて、列車が発車しようとしたとき…、ホームに女性ふたりが姿を見せて、車内に居る乗客に向かって手を振り始めました。
『ありがとう! また来てなぁ』の文字を添えて、笑顔でお見送りしてくれるという、サプライズな計らいでした。
駅と同じ建物に入っている、津市の支所出張所の職員さんですね。
1日に何回かある列車の発車時刻に、ホームへ出てきて〝お見送り〟しておられるわけやね。(いつも必ずお見送りしてくれるのか、私は知りません

名松線の復旧を受けて、今後も列車運行を維持・存続していくことは、津市にとっても 大事な仕事なのだなぁ…と、お察ししました。
こういう職員さんの頑張りを見るにつけて、JR東海も伊勢奥津に駅員をひとり置いたらどうか



終着駅が無人駅って、寂しいわ
















(おわり)