人生根蔕(こんてい)なく
飄(ひょう)として陌上(はくじょう)の塵の如し
分散し風に随いて(したがいて)転ず
此れ(これ)已に(すでに)常身(じょうしん)に非ず(あらず)
地に落ちては兄弟(けいてい)となる
何ぞ必ずしも骨肉の親(しん)のみならんや
歓(かん)を得なば当に(まさに)楽しみを作す(なす)べく
斗酒(としゅ)もて比隣を聚めん(あつめん)
盛年(せいねん)重ねては来たらず
一日(いちじつ)再び晨(あした)なり難し
時に及んで当に(まさに)勉励(べんれい)すべし
歳月人を待たず
* * *
人の命は、これをしっかりと繋ぎ止めてくれる木の根や果実のヘタのようなものがなく
ちょっとした風にもさーっと散る路上の塵のようなものだ
ばらばらになって飛び散り永遠に変わらぬ姿を保つことは出来ない
この世に生れ落ちたからには皆兄弟だ
それは必ずしも血を分け合った者だけのことではない
歓楽の機会があればぜひとも楽しもう
なみなみと器に満ちた酒をもって、近所の仲間を集めよう
盛んな若い時代は二度とはやって来ないのだ
一日に二度の朝はない
この機会に充実した時を過ごしておかなければ
時の流れは人を待ってはくれない
* * *
陶淵明(とうえんめい)のよく知られた詩であるが、特に最後の四句が好まれてきた。
「人生は、はかないのだから、時を失わずに行楽しなさい」と勧めているのだが、
「勉励」を「寸刻を惜しんで勉強する」に意味を取り違えて読まれていることが多い。
私もつい最近までそう思っていた。
全句を読んでいなかったからだ。
本来の意味が分かってからは、この最後の「歳月不待人」の一句が心の中に深く響いて来るようになった。
まさに人生の喜びがどこにあるのか、真に理解できたように思うからである。
* * *
人生は根無し草のように不安定で、風に吹かれて飛び散る塵のようにはかない
だから人は孤独であってはいけないのだ
周囲の人たちに心を開いて豊かに生きていこう
さあ!みんなを呼んで酒を飲もう!
その機会を逃してはならない
歳月は人を待たず
そして、人も人を待たずである。
多々感謝
よいお年を!
飄(ひょう)として陌上(はくじょう)の塵の如し
分散し風に随いて(したがいて)転ず
此れ(これ)已に(すでに)常身(じょうしん)に非ず(あらず)
地に落ちては兄弟(けいてい)となる
何ぞ必ずしも骨肉の親(しん)のみならんや
歓(かん)を得なば当に(まさに)楽しみを作す(なす)べく
斗酒(としゅ)もて比隣を聚めん(あつめん)
盛年(せいねん)重ねては来たらず
一日(いちじつ)再び晨(あした)なり難し
時に及んで当に(まさに)勉励(べんれい)すべし
歳月人を待たず
* * *
人の命は、これをしっかりと繋ぎ止めてくれる木の根や果実のヘタのようなものがなく
ちょっとした風にもさーっと散る路上の塵のようなものだ
ばらばらになって飛び散り永遠に変わらぬ姿を保つことは出来ない
この世に生れ落ちたからには皆兄弟だ
それは必ずしも血を分け合った者だけのことではない
歓楽の機会があればぜひとも楽しもう
なみなみと器に満ちた酒をもって、近所の仲間を集めよう
盛んな若い時代は二度とはやって来ないのだ
一日に二度の朝はない
この機会に充実した時を過ごしておかなければ
時の流れは人を待ってはくれない
* * *
陶淵明(とうえんめい)のよく知られた詩であるが、特に最後の四句が好まれてきた。
「人生は、はかないのだから、時を失わずに行楽しなさい」と勧めているのだが、
「勉励」を「寸刻を惜しんで勉強する」に意味を取り違えて読まれていることが多い。
私もつい最近までそう思っていた。
全句を読んでいなかったからだ。
本来の意味が分かってからは、この最後の「歳月不待人」の一句が心の中に深く響いて来るようになった。
まさに人生の喜びがどこにあるのか、真に理解できたように思うからである。
* * *
人生は根無し草のように不安定で、風に吹かれて飛び散る塵のようにはかない
だから人は孤独であってはいけないのだ
周囲の人たちに心を開いて豊かに生きていこう
さあ!みんなを呼んで酒を飲もう!
その機会を逃してはならない
歳月は人を待たず
そして、人も人を待たずである。
多々感謝
よいお年を!