ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

キリマンジャロの雪

2012-06-05 23:09:10 | か行

注・山岳映画ではありません。

山は出てきません(笑)


「キリマンジャロの雪」79点★★★★


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フランスの港町・マルセイユ。

湾岸労働者の会社で
労働組合長を努めるミシェル(ジャン=ピエール・ダルッサン)は
会社から人員削減を命じられ、
公平にくじでリストラされる20人を選ぶことにする。

ミシェルは自分自身の名前もくじに入れ、
くじに当たってリストラされてしまう。

そんな彼を妻(アリアンヌ・アスカリッド)は優しく迎え入れ、
ミシェルは職安に通いながら、
孫たちの面倒に追われるようになる。

厳しい状況でも、小さな幸せを味わい
育んでいたミシェルたちだが、

ある日、思わぬ事件が彼らを襲う――。

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いい映画だった!

こういう映画がくると毎度ながら
「さすが岩波ホール!」と思いますねえ。


陽光溢れるマルセイユを舞台にした温かき人生讃歌で、
きっちり編まれた物語を地盤にし、

さらに格差や貧困といった現実社会の問題が、
胸に深く切実に、潜ってきます。


冒頭、主人公のミシェルが
自ら人員削減のくじに混じり、
結果、自分も解雇されてしまうくだりは、

ほんの数分で彼を「公正な人物」だとわからせる
簡潔な描写で、とてもうまいし、
そんな夫を優しく受け入れる妻もステキだ。

60歳近いミシェルは
新たな職探しもままならないけど

家もあり、かわいい孫と子供たちに囲まれ、
幸せに暮らしてもいる。

こんな幸せのまま終わっても悪くない……と思いきや、
一転して、彼らが強盗に襲われる事件が起こる。

しかも犯人は
おなじく会社を解雇された元同僚の若者だった――というところから
物語が転がり始めるわけです。


ある事情を抱え、がけっぷちの若者にとって
ミシェルは“中流”のいい暮らしをしている
“敵”にほかならなかった、と。

つまり、この映画は
労働者階級の庶民性による共感だけでなく、


闘いながら自分たちのささやかな暮らしを築いてきた団塊世代と

その恩恵にありつきつつも、
しかし生まれたときから社会の不公平を身に染みさせてきた若者世代との

対立でもあるんですねえ。

監督のロベール・ゲディギャン氏は
若いころ労働運動に関わってもいた人で、

“映画”が社会で持ち得る意味をちゃんと考えて、
とても有意義な“映画の使い方”をしていると思う。

この映画でも
強盗をされた側と、した側、
それぞれの“いま、そこにある”状況をつぶさに映し出し、

物事にはそれぞれ別の側面があり、
人にはそれぞれに事情がある。
そういう世界で我々は生きているんだよ、と、

言葉と意識だけでは実感しにくいものを、
映像として、しっかりと体現させてくれています。

オチで番長は
O・ヘンリーの『賢者の贈り物』を思い出しましたが、

監督は
ヴィクトル・ユゴーの『哀れな人々』という詩から
着想したそうです。

誰にもおすすめできるいい映画です。

ただ、タイトルがいまいちなのが惜しい(笑)


★6/9(土)から岩波ホールで公開。ほか全国順次公開。

「キリマンジャロの雪」公式サイト
コメント (2)
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