ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

帰ってきたヒトラー

2016-06-16 23:33:29 | か行

これはホラーだと思いました。


「帰ってきたヒトラー」65点★★★☆


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2014年のベルリン。

ある団地の草むらで
アドルフ・ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が目を覚ました。

自分は1945年に死んだはず。
しかし、まだ生きている?!
そもそも、いったいここは、どこなのか?!

混乱する彼が街を歩くと
周囲の人々は「モノマネ芸人」と思って
カメラを向けてくる。

そんな彼を偶然見つけた
冴えないフリーTVディレクターのザヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)は
彼をTV局に売り込もうと考えるが――?!


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2012年にドイツで出版され
ベストセラーになった小説が元ネタ。

この題材を扱う、
それだけで嫌悪感があることは致し方ない。

見たくない人も多いでしょうね。


でも、なぜこういう物語が、いま作られたのか。
そこを考える意味はあると
確かに思います。


それに
題材だけでもチャレンジングだけど
この映画がなかなか凄いのは、
「ドキュメンタリー」部分があるところ。

監督は主演のヒトラー俳優をドイツ中に連れて行き、
人々のナマの反応を撮って、
それを映画に取り込んでいるのだ。

「そっくりさんヒトラー」に
露骨にイヤな顔をする人も多いけど

けっこう酒場とかで
ヒトラーを囲んで、討論とかも始まる。

そこで市民たちの
いまのドイツ政治に関する、ホンネが聞けるんですね。


多くの人々が問題としているのは、
結局「難民の流入」なんです。

治安も職も不安定で
「子どもの貧困、老人に貧困」が大問題な社会で起こるのは
「排除」の意識。

これ、日本だってまったく同じですよね。


そこに「ヒトラー」という
アジテーターが登場することによって
人々の不満が、増幅し、暴走していく。

しかも、SNSという現代ツールのおかげで
その扇動が、より効果的に、より広まっていってしまうという。

そのリアルが
本当にホラーなんですよ。

でも実際、
アメリカで起きている現実を考えても
納得できる話で。


そして
パソコンを学習し(苦笑)、
現代の民衆の不満を“把握”し、
掌握していくヒトラーの恐ろしさ。


笑える部分もある作品なんですが
現実に照らして、
かなりおぞましいと感じてしまいました。

でも、この恐ろしさに、
気づかないふりをしないほうがいいのかもしれない。


★6/17(金)からTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開。

「帰ってきたヒトラー」公式サイト
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葛城事件

2016-06-15 23:44:10 | か行

「その夜の侍」(12年)、すっげ好きです。


「葛城事件」60点★★★


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郊外の住宅地に住む
葛城清(三浦友和)は

親の始めた金物屋を引き継ぎ、
妻(南果歩)の間に、2人の息子に恵まれた。

子どものころから出来がよかった長男(新井浩文)は
いまサラリーマンになり、結婚もし、子どももいる。

しかし次男(若葉竜也)は
対人関係がうまくなく、アルバイトも長続きしない。

あるとき、清にそのことを責められた次男は――?!


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「その夜の侍」(12年)赤堀雅秋監督作品。


「壊れてゆく家族」という現代的なテーマで

三浦友和氏演じるお父さんも
悪意なく、しかし抑圧的な
昭和の“父親像”の残像のようで、すごく印象に残ります。

でもですね、
この映画は、「映画」としてあまりに救いがないんですよ(涙)
逆に言えば、
「現実の忠実な再現」なのかもしれないんですが。


昨今、ニュースになる
通りがかりの人を襲う無差別殺人。

この映画では、次男がそれを起こしてしまうわけです。

世間が
「なぜ、こんなことを?」と思う、その理由が
実は“こんなもの”なのだろうなと
この映画は示している。


その理由となるのが、
三浦友和氏演じる父親なんですね。

常に社会や政治に文句をたれ、
「自分は一般より上段にいる」という根拠なき虚栄で
正論を吐いてるような人間。

しかしその実は
タバコの煙が妊婦に行くことへの配慮もできない
最低な男。

で、そんな「フツーにいる親父」が
「根源」だ、という話なんです。



三浦友和氏が、その親父をホントにイヤ~な感じに演じていて
見事だし

はっきり言って、
観ていて気ぃ悪くなるんですけど(苦笑)
それだけリアルなんだろうな、とも思います。

現代日本の“イヤ”さを描く点では
「クリーピー」と同じなんですよね。

「クリーピー」はそういうイヤさを
エンターテイメントにして、観る側をノセて、走らせる感じなんですが

本作は
現代という鏡に映るそのイヤさを
より誠実に描いているのかもしれません。


★6/18(土)から新宿バルト9ほか全国で公開。

「葛城事件」公式サイト
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クリーピー 偽りの隣人

2016-06-14 23:19:23 | か行

まさにクリーピー(=気味の悪い)なミステリー。
でも、そのイヤさ加減に引き込まれます。


「クリーピー 偽りの隣人」71点★★★★


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元刑事の高倉(西島秀俊)は
1年前、ある事件をきっかけに退職し、
いまは
大学で犯罪心理学の教授を務めている。

最近、妻・康子(竹内結子)と愛犬マックスとともに
新居に引っ越し
新たな人生をスタートしていた。

だが、高倉はあるきっかけから
6年前の未解決事件に興味を持つ。

そのころ、康子は引っ越しの挨拶まわりで
ちょっと変わった隣人(香川照之)に出会っていた――。


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黒沢清監督作品。

「あの人、お父さんじゃありません。全然知らない人です」――

引っ越し先の隣人の娘に
そんなこと言われたら、どうでしょう。

めちゃくちゃ魅力的な
キャッチコピーじゃありませんか。


この映画のおもしろさは
まずそんな
「隣人付き合い」「トラブル」という日常性。

どう転がるか読めない展開。
(いや、実際「そんなずさんなこと、あるか?」な部分もあるんですが、
勢い飲み込まれちゃうし、引き込まれちゃうんです(笑)


なにより
西島秀俊氏演じる元刑事の犯罪心理学者が
一見、カッコいいようでいて
凡庸――いやハッキリ言って
「アンタ、下手を打ってばかりなんすけど!」というキャラクターなのが
おもしろいんですよ。

そんな主人公を
西島氏が、自身の個性を役の下に上手に塗り込めて
演じていると感じました。

妻役の竹内結子氏も、一瞬、
「ん?この人、誰だっけ?女子アナだっけ?」くらいに
自身の“光”を抑えていて、うまい。


隣人となる香川照之氏の気持ち悪さも、
過激でなく、日常に埋没する絶妙なラインだったなあ。

それに、いつも思うけど
「家」そのものを“薄気味悪く”効果的に描くのは
さすが
「スウィートホーム」(88年)の監督だなあと。
いまでも一番怖い映画なんですよねえ。


★6/18(土)から全国で公開。

「クリーピー 偽りの隣人」公式サイト
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シリア・モナムール

2016-06-13 23:53:10 | さ行

つらい。つらすぎる。
しかし、目をそらしていいのだろうか?


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「シリア・モナムール」72点★★★★


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シリア内戦の悲惨な状況を
フランスに亡命せざる得ない状況になった監督が

現地の人々がYouTubeにアップした画像と、
監督の“目”となって現地で撮影を続ける女性シマヴの映像で
繋いだドキュメンタリーです。

まず
こんなに、生々しい映像を見たのは
初めて。


目の前を走っている人が銃弾に倒れる。
死体の山もある。

銃撃が続くなか、身内が遺体を、
竿のようなものでひっかけて、必死に回収しようとする。

それでも
特にシマヴの撮る少年の笑顔、
瓦礫のなかの雑草、何気ないシーンの輝きに助けられ、

爆撃の轟音にも耐えながら
踏ん張って見ていたんです。

でも、戦火の動物たちの悲惨な姿に、
心が砕けた。

瓦礫の山のなかで
足を失った猫、大火傷を負った猫、
傷だらけでも鳴き、寄ってくるその姿・・・。

爆撃と瓦礫のなかで
これが起きていることは想像できるのだけど
目の当たりにすると、やはりつらい。

世界は、人間はなぜ、こうなってしまうのだろう・・・・・・。

この映画で、きっと
観る人も傷つく。

でも、もっと傷ついているのは
現地にいる彼らなのだ。

この現実を無視していいわけがない。

だから、
踏ん張り続けました。


映画を見たあと、ニュースで聞く
「シリア」「爆撃」「戦争」「内戦」の言葉が
確実に、違うものになるはず。

そして平和と
春が来ることを切に願うこと。

非力でも、それも一歩だと思うのです。


★6/18(土)からシアターイメージフォーラムほか全国順次公開。

「シリア・モナムール」公式サイト
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教授のおかしな妄想殺人

2016-06-11 16:43:38 | か行

最近のウディ・アレン映画とは
ちと違います。


「教授のおかしな妄想殺人」69点★★★★


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大学に
哲学科教授のエイブ(ホアキン・フェニックス)が
転任してきた。

有名人でいろいろ噂のあるエイブに
周囲はワサワサし

美しく聡明な教え子ジル(エマ・ストーン)も
エイブに興味を持つが

無気力なエイブは
積極的な反応を示さない。

だが、エイブはジルと立ち寄ったダイナーで
ある会話を耳にして――?


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美人教え子エマ・ストーンと教授の
“妄想”ラブコメかなあと
勝手に想像してたんですが、
違った(笑)。

ドタバタのおふざけはなく、
けっこう普通に犯罪と人格が絡むドラマ。


若い頃は「世の中をよくしたい!」と理想に燃えて、
ボランティアで世界中を飛び回った主人公。

しかし、いまや
厭世観たっぷり、むなしさにどっぷりで
無気力になってしまった。

そんな彼が、カフェでふと耳にした会話から
社会悪抹殺のための善行=殺人を計画し、
がぜん、生き生きとしてくるという展開。

哲学を語り、屁理屈ばかりの主人公は
ウディ・アレン本人が演じてると、まあ笑えるんだけど
それ以外は
大抵、ハマれない。

でも、この
ホアキン・フェニックス演じる教授は
意外に共感できるんですね。

結局、まともにやってても、世の中は変わらない。
じゃあ、自分の考える正義に基づいて
行動してしまえ!
悪い奴をやっつけてしまえ!って

ヒーロー映画の動機ですよ。
そこが
なんだかとっても「わかるわかる」な感じだからでしょうね。


それで彼は人が変わったように
生き生き!してくるんですが

まあ爽快アクション映画じゃないので
そう好き勝手にはいかず、

倫理と良識とのオチを
つけなければならない。

そこで
教え子エマ・ストーンがキーとなるわけです。

個人的には
大笑いできるウディ・アレン映画が好きだけど
根底に流れているものは
おんなじで
たまには、変化球もありかなと。

あと
エマ・ストーンが着回す
フォークロア風の衣装が可愛らしいかったですね。


★6/11(土)から丸の内ピカデリーほか全国で公開。

「教授のおかしな妄想殺人」公式サイト
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