青春タイムトラベル ~ 昭和の街角

昭和・平成 ~良き時代の「街の景色」がここにあります。

バレンタインデーの本当の起源!

2023-02-14 | 今を考える
今日はバレンタイン・デー。美味しそうないずれ劣らぬ高級チョコレートが目の前に並びました。
 
贈って下さった女性のみなさん、本当にありがとう❤️
 
心から感謝しています。めちゃくちゃ嬉しいです。今年も幸せな2月14日を迎えることが出来ます❤️
 
 
え?自慢?男性諸氏には自慢と取って頂いて結構です。あなたは貰えましたか?😄
今夜から珈琲タイムには、美味しいチョコを横に添えて、部屋に流れる音楽を楽しませて頂きます。

チョコを贈る習慣が日本で作られたことも、欧米のバレンタインデーでは女性が男性に愛を告白する日ではなく、家族や友人の間でも、男性女性どちらからでも愛情を示す日だということも、もう皆さんご存知だと思います。

今の若い人は、生まれた時から2月14日はバレンタインデーとして刷り込まれているでしょうが、実際この習慣が日本に広まったのは、団塊の世代と、そのちょっと下の世代の女性たちのおかげだと僕は考えています。1970年代、僕が小学校高学年の時に、突如現れたのがこの習慣でした。その前年までは誰一人として、チョコレートを好きな男の子に贈っていません。この習慣を、僕は見たことも聞いたこともありませんでした。親からも、友人達からも、年上の先輩たちからも聞いたことがなかった。

それがある年、僕が小学校5年の時に、クラスの女の子が「これあげる」と、チョコレートの入った箱をくれました。これが僕の初バレンタインデーでした。

今調べてみても、70年代の数年間の間に、女子中高生たちの間で急速に広まり、80年代には主婦層にも広がったのが日本におけるバレンターンデーであり、バレンタインデーの定着は、チョコレート会社の陰謀でも何でもなく、若い女の子たちが自ら選択した習慣だったと、僕は考えています。

1936年の神戸モロゾフが新聞広告を出したり、1958年の新宿伊勢丹のメリーチョコレートフェアが起源とも言われていますが、どちらも国内に広く認知されるには至らず、60年代に大手製菓会社や百貨店、輸入雑貨店がフェアを開催するも、一般的には盛り上がらなかった。プレゼントもチョコレートとは限らず、チョコを贈る事が定着したのは、70年代の数年間に女子中高生たちが動いたから。これが日本の今日のバレンタインの真の起源だと、僕は考えます。

その後さらに、ホワイトデーが登場した時には、明らかにお菓子メーカーの作為的なムードが漂っていたし、そもそも女の子が「マシュマロなんかいらない!」と言ったことから、僕はマシュマロを贈ったことは一度もありません。ここでも便乗商法が成功したのは女の子自身の選択による、「義理チョコ」の登場だと考えます。

今では「友チョコ」というものまで登場しており、日本で最初に「あなたのバレンタイン(=愛しい方)にチョコレートを贈りましょう」というところからスタートし、「未婚の女性から男性へ贈る」というコンセプトも当たらず、企業の思惑の外にいた若い女の子から火がついたという点が、とても興味深いと思います。

そして、僕の世代こそが、バレンタインデーにチョコを贈るという習慣が日本に誕生する過程に、リアルタイムに立ち会っていた(笑)ことを、今懐かしく思い出します。

中学時代になると、「もらえない男子ともらえる男子がいる」のは差別だと、訳の分からない意見が教師の間に蔓延し、学校でチョコレートを贈ることが禁止されました。もてない奴がひがみから、そんな風習は止めろと言ったのではなく、明らかに教師側からのストップが「差別教育」の一環として行われました。

そこでクラスの女子たちが、しぶしぶ皆でお金を出し合って、クラスの男子全員に、森永のハートチョコを贈ったのです!僕が初めて見た「義理チョコ」がこれです。そして、その陰で本命チョコを、女子が意中の男子に贈っていました。あのハートチョコ、1枚だけ入っていて中身が見える、問答無用の「義理チョコ」の存在感を持つハートチョコは、今も義理チョコの定番なのでしょうか?

なんでもかんでも平等ではなく、なぜ自分はチョコをもらえないのかを子供のころに男子が考えれば、もう少し日本にも、欧米並みの紳士が誕生したというのに、日本の当時の教員たちが、日本社会の成熟を停めてしまったと僕は今でも考えます。日教組は本当にロクなことをしていません。

女の子は受け取ってもらえるかと勇気を出して渡す、本命チョコでなくても、お世話になった人にでも友人にでも、社交的な人だから自分から異性にバレンタインギフトを配ることが出来る。貰う男子の方もドキドキするし、貰えなかったらショックだし。今振り返ってみると、チョコを貰えた男子は運動ができるか、勉強ができるか、面白いやつか、何か得意なものがあるか、とにかく人に好意を持たれる人でした。蓼食う虫も好き好きとは言っても、やはりもらえないのには何かしら原因がある。それを改善しないと、大きくなって就活の面接で苦労したり、彼女のいない青春時代、結婚できないやもめ暮らしが待っていました。

自分を磨くために、コンチクショー!と思う機会は多いほどいいし、小さな頃から経験するから、大人になってメンタルをやられなくていい。

チョコを渡すのは、好きな人、大切な人に喜んでもらおうという気持ちからだと僕は思います。人の為にという気持ちです。「その人の為に・・・」という大切な気持ちをないがしろにして、「自分が傷つきたくない」という、自分の為を優先する教育が、日本の僕の子供時代には既に蔓延していた。だから、他人のために働く、他人のために学ぶという生き方や目標が分からない人ばかりの日本になった。己の利害しかないから、イライラする感情が蔓延する社会になったのです。

「バレンタインデーなんて・・・」そんな風に物事を斜に眺めるのではなく、もっと一喜一憂する2月14日であってほしい。それこそが人の心を取り戻す第一歩だと思います。「妻からチョコを貰えなくなって、もう何年経つかな」と思った方は、今日は何かしら反省すべきではないでしょうか。